第27話

◇◇◇

時間を遡っさかのぼて今朝の話だ。

場所は、市内で一番大きな商業施設が併設された駅の構内。


『皆さんに嘘ついてしまいました』


あおいは、家族の用事があると陵や舞、そして浅川に嘘をついてしまった後ろめたさで胸が苦しかった。それと同時にある正義感に燃えていた。


『愛莉さんはこの私が更生してご覧に入れます!』


あおいは、愛莉が学外で男と遊びほうけ、あろうことかパパ活にまで手を出しているとの噂を耳にし、いてもたってもいられなくなった。愛莉を尾行し、高校生らしからぬ素行そこうを見せたら、すぐに止めに入ろうと考えていた。そうすれば愛莉が部活に真面目に顔を出すようになり、舞は喜び、舞のあおいに対する株が爆上がりするに違いない。そう考えての単独行動だった。


正体がバレないようサングラスをかけ、高いヒールを履き、つばの広い帽子を目深まぶかに被った徹底ぶりだ。前回、舞と陵を尾行したときは、準備も何もない状態で臨んだ結果、早い段階で尾行がバレてしまった。今回は難易度の高いミッションだ。自然と力が入る。


事前の調査通り、愛莉は午前10時に駅の改札に一人で現れた。


『一体、どこへ行くつもりでしょうか?』


あおいの側を偶然通りかかった子どもが、『ママ、あの人何やってるの?』と結構大きな声で呟くが、あおいはそのことに全く気づいていない。スパイ失格である。


あおいは、愛莉に気づかれることのないよう、常に一定の距離を保ちながら愛莉を尾行していく。電車を乗り換え、乗り換え、1時間。たどり着いた駅は、


『秋葉原ですか。デートにしては変わった場所を選んだものです。お相手の趣味でしょうか?』


迷いのない足取りで繁華街を進む愛莉を見失わないよう、あおいは必死に追いかける。そして愛莉は大通りを二つ越えた後、急に狭い路地裏に入って行った。


『どこなんでしょうか、ここは?お店は一軒もないですね』


愛莉はある雑居ビルの前で立ち止まると、何の看板も装飾もない無機質なアルミのドアを開け、中に入って行った。

慌ててドアに近づいていくあおい。手がかりがないかキョロキョロと辺りを見回すが、これといって参考になりそうなものはない。


『困りました。さすがにドアを開けるのは危険な気がします』


そんなふうに考えていた矢先、突然ドアが内側から開いた。あおいは慌てて近くにあった自販機の影に隠れようとしたが、遅かった。


「何だ、お前?」


金髪にアロハシャツ、短パン。首元には金の鎖のようなネックレス、淡色のサングラスをかけた推定年齢30歳の男が扉から現れた。指でサングラスを少し上に持ち上げ、あおいを興味深そうに見つめると、なぜか笑顔で迫ってきた。チャラい、関わってはいけないタイプのやつだ...


「こんなところで何してんだ? もしかして出待ちの子? 最近は女の子のファンもいるんだよな」

「出待ち? 何をおっしゃっているんですか? 私はただ道に迷っただけと言いますか...」

「その割には怪しい服装だな。サングラスなんかかけちゃって」

「サングラスはあなたもかけてるじゃないですか?あなたの方がよっぽど怪しいです」

「それはごもっともだ。へぇー、なかなかいい声してんじゃん」

「やめてください。それより愛莉さんはどこですか?ここに入っていくのを見かけました」

「やっぱ迷子じゃないじゃん。ああ、カノンのことか」

「カノン? 誰ですかそれ?」

「キミさ、もしかして歌やってた?」

男は唐突にそんなことを聞いてきた。

「歌? 何で今そんなこと聞くんですか? 合唱部ならやってましたが」


金髪男はあおいの頭に手を置き、体型を確認するようにあおいの体を上から下まで見渡した。そして、不敵な笑みを浮かべると、『ちょうどいい』と呟いた。


「やめてください。この手をどけてください!」

あおいは金髪男の腹にパンチをお見舞いしようとしたが、かわいそうに手が届かなかった。


そのときだ。ドアがわずかに開き、愛莉が顔を覗かせた。

「今日のセトリ変更しますか? っっっって、あおいちゃん?? 何でここに?」

あおいがいるとは予想もしなかった愛莉が、驚いて外に飛び出してきた。


その全身を見て、さらにあおいは目を見張った。

愛莉は魔法少女のようなファンシーな衣装を身につけていた。


「あ、愛莉さん。なんですかその格好は?」


「カノン、いい子見つけたぞ」

金髪男はあおいの頭を押さえていない方の手をグッドポーズにし、愛莉にウィンクしてみせた。





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