第26話

 桃色のステージの幕が開くと、五人のメイドがステージに現れた。皆、大きなテディベアで顔を隠していたが、音楽に合わせて上手から一人ずつ顔を見せていく。常連客はメイドの名前を叫び、店内は一気にヒートアップだ。

 ストレートロング、ツインテール、ポニーテール、おさげ、ボブ。タイプは違うものの、五人それぞれ魅力があってかわいらしい。アップテンポな曲に乗って、メイドたちが軽快なステップで踊り出す。

 曲はこの店のオリジナルらしく、これまた夢の世界を彷彿とさせるポップだがどこかミステリアスなナンバー。

『なかなかにセンスがいい曲だ』と一人聞き込んでいると、浅川に気づかれないよう舞が俺に目配せしてきた。口の形だけで何かを伝えたいようだが、あいにく俺は読唇術を身につけていない。


『どうしたんだ?』

舞とテーブル越しに顔を近づける。

『あのツインテールの子!』

音響が大きく、顔を近づけてやっと声が聞き取れる程度だ。

『あの子がどうした?』

『わかんないの?』

ステージまで距離があり、目が悪い俺ははっきり顔まで見えていなかった。

メイド一人一人の声に耳を澄ます。

すると、どこかで聞き覚えのある声が混じっていることに気がついた。


声の主は言うまでもなくツインテール。

この特徴的な声は、まさしく愛莉のものだ。


『ちょっと待て、まさか愛莉じゃないだろうな?』

『間違いないわ!』


舞と二人、ステージ上で歌い踊るツインテールに目を凝らした。

浅川はそんな俺らに気づくこともなく、周囲のコールに合わせて彼女たちを応援している。浅川は愛莉を知ってはいるものの、近くで話をしたことはない。気づかなくてもおかしくない。


数曲続けて歌い終わると、メイドたちの自己紹介が始まった。

愛莉とおぼしきメイドの番。

「カノンでーす!今日も良い夢見られますように♡」

なんて言って観客にとびきりの笑顔を見せる。

黒髪ツインテールが中学の時の愛莉の面影を感じさせるものの、テンションの高さは今の愛莉そのものだった。だが食ってかかるようなギャルっぽさは一切なく、天真爛漫な少女をうまく演じて見せている。


『舞、このこと知ってたのか?』

『知らないわよ』

『カノンって何だよ? マジカル・ウィッチーズみたいな名前つけやがって』

『愛莉らしいといったら愛莉らしいけど』


舞が以前見せてくれた写真の中で、中学生愛莉がカノンのデフォルメぬいぐるみを持っていたのを思い出していた。

そういえば、マジカル・ウィッチーズとこのカフェの雰囲気、どこか似通ったものを感じる。


紹介が全員終わると、愛莉を残して他四人は舞台後方に引いた。


「次の曲は、みんな大好き『眠れる森のクマさん』です。今日は、すうちゃんがドリームワールドに出かけているため、代わりにモネちゃんに歌ってもらいます。」

愛莉がマイクを片手に次の曲の紹介を始める。

「まだ出てくるのか。楽しいなこれ!」

浅川は無邪気にステージを満喫している。


そして、ステージの脇からと小さなクマが現れた。観客たちからは『かわえぇー』と溜息ためいきに似た歓声が湧く。

スポットライトがクマに当たる。

モネちゃんというメイドは、代役で着ぐるみに慣れていないのか、ふらふらとやっとのことで舞台中央の立ち位置にたどり着いた。

タイミングを見計らい、森のクマさんをアレンジした曲がスタート。

クマがうつむいていた顔を上げ、マイクを両手にガグブルしながら歌い出した。


マイクを通じて店内に響く清楚でキュートな歌声。


『『いや、なんであおいがここにいる!!』』




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