第25話

『おかえりなさいませ、ご主人様』

メイドカフェというからそう言って出迎えられるのを期待していたのだが、普通に「いらっしゃいませ」と言われ、肩透かしを食った。次に入ってきた客には「おかえりなさいませ、ご主人様」と別の店員が言っていたから、俺は帰りを期待されていない主人だったということだろうか。


俺たちを席に案内してくれたメイドさんは店内にいる他のメイドさんと比べて制服の装飾がシンプルだ。俺たちを席に座らせると、

「久々のご帰宅でしょうか、おきゃく、いえご主人様、お嬢様。」

と時々言い直しているところからして、新人さんのようだ。初めて来たと伝えると、店のメニューや料金、メイドとのゲームなど詳細に教えてくれた。

自信なさげな様子から俺はあおいを思い出し、あいつも来られたらよかったのになんて思った。


「ねえ、あれってステージだよね?」

「本当だ。これじゃないか? 12時から人気メイドさんたちによるステージ披露って書いてある」

浅川がメニュー表の一部を指さす。

「そんなことまでするのか。あと少しで12時だ」

俺はスマホで時間を確認し、さながらジェネレーションギャップを感じているおじさんのように、物珍しげに店内を見渡す。俺たちのように学生っぽいグループもあれば、海外の観光客や家族連れなど、客層は多様だ。夢カワをコンセプトにしているとだけあって、座っている椅子は小さなベッドのようなデザイン、壁紙にはたくさんのスイーツのイラスト、床は雲を意識したような白いカーペット。メイドさんには階級があるようで、上級になるほど衣装のグレードもアップするようだ。


俺と浅川は定番のオムライス、舞は散々迷ったあげくパフェを注文した。

「歌詞、こんな感じでどうかな?」

料理を待つ間、舞はルーズリーフを机に広げ、歌詞の感想を求めてきた。

俺と浅川は並んでメモを覗き込む。

「歌詞? お前たち曲作ってんのか?」

「そうなんだ。俺が作曲と編曲、舞とあおいが作詞を担当してる」

「へぇー、面白いことを考えるもんだ。アニメ研究部というから引きこもって暗い教室でアニメ鑑賞しているのかと思っていたが、意外とアクティブなんだな」

「それは俺たちを侮辱した言い方だぞ、浅川。こういう古いイメージが未だに蔓延はびこっているから、俺たちはいつまで経ってもキモオタ扱いされるんだ。何も部屋で美少女ものを眺めてるだけがオタクじゃない。各種イベント、店舗別特典、聖地巡礼のためとあらば、俺たちはどこへでも行くぞ。体が一つじゃ足りないくらいだ」

「まあまあ落ち着いて、陵。話の途中に出てくる『俺たち』って私も含まれてるの?」

「当たり前だ」

「少なくとも私はそんなふうに思われてないわよ。ねえ、浅川くん?」

「うん。今のは宮前に限っての話だ」

てっきり俺や舞のことを言っていたと勘違いしていたことが恥ずかしく、それを紛らわせようと話題を変えるべく、

「まあいい。できたら浅川にも見せてやるよ。俺の計画ではな、文化祭のステージで全校生徒に披露して、アニメ研究部のイメージアップ、部員増員、ひいては来年度の新入生の勧誘につなげられたらと思っている」

「そんな壮大な計画だったとは初耳だけれど、まあいいか。なんか楽しそうじゃん! 私は動画をネットにアップしようかなって思ってた」

「舞ちゃんが言ってるのは『歌ってみた』『踊ってみた』っていうあれと似たようなものか」

浅川がスマホを取り出し見せてくれたのは、女の子が際どい格好で踊るショート動画だった。タイトルには人気曲の『踊ってみた』と書かれているが、明らかに視聴数を稼ぐための釣り動画だ。

「これは本来の主旨とは外れているような気がするのは俺だけか」

「浅川くんってほんと『エロ』に一直線だよね。ここまで来ると下手に隠すより逆に潔くていいね」

舞にそう褒められ、照れる浅川。それで調子に乗ったのか、

「パーカー脱いで宮前に返した方がいいんじゃないか? さっきからこいつガクガク震えてるんだ」

全く寒さなど感じていない俺は、『アホ』と浅川を肩肘で小衝こづいた。

「カメラなんか持ってきてるが、店内は撮影禁止だぞ。さっきのメイドさんの説明でもあっただろ?」

「そうなのか!メイドさんと舞ちゃんの写真撮ろうと思ってたのに... まあいい。舞ちゃんの撮影会は店の外に出てからだな」

残念そうに一瞬肩を落とすが、すぐに元気を取り戻す浅川は今日もスーパーポジティブだった。


 そのとき、軽快な音楽がステージ横のスピーカーから流れてきた。どうやら12時のステージがこれから始まるようだ。







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