第23話

「愛莉には口止めされてたんだけど、この際だからもう言っちゃうね。」


愛莉が部室を去った後、二人っきりになったタイミングで、ついさっきまで愛莉が座っていた席に舞が腰かけ話し始める。

何かすごく重大な告白をされるのではと緊張してしまう。


「愛莉は私と同じ泉善中出身だって言ったよね?」

「ああ」

「わたしの同級生のほとんどが中等部から高等部にそのまま進んだ。だけど、泉善は進学校だったから、私みたいに雰囲気に馴染めなくて高校から出る子もいれば、校則の厳しさに嫌気がさして出る子もいる。具体的に言うと、バイトや芸能活動ね。まあ隠れてやってる人もいないわけじゃないけど。」


俺はピアノの電源を落とすと、舞の向かいの席に腰掛けた。


「愛莉はどっちの理由だ?」

「後者かな。愛莉は声優志望なのよ」

「あいつが声優? 意外だ」

「意外かな? 結構いい声してると思うけど」

「まあ確かによく通る声ではある。特徴的な声だよな」

「ツンデレキャラなんてさせたらピッタリじゃない?」

「そのまんまだもんな」

「そう思うでしょ? だけど中学の時は違ったのよ」

「違った?」

「今みたいにギャルな感じじゃなくて、髪も黒くて長かったし、しゃべり方もお嬢様っぽかった。どちらかというとあおいみたいな優等生タイプ」


俺は頭の中でその姿を想像しようとするが、俺をののしる今の愛莉のイメージが邪魔して上手くいかない。


「それなら生徒会長やってたってのも納得がいくな」

「あれは演技だよ」

「演技? どうしてそんな必要が?」

「愛莉は中学の頃からたくさんの声優オーディション受けてた。けど、毎回同じような理由で落とされてるの。『あなたは真面目すぎる。もっと砕けた感じが必要だ』ってね。だから高校から思い切りイメージチェンジして、普段の生活から自分を作り変えてるんだと思う。あの子はとにかくストイックなのよ」

「そこまでしてやることか?」

「そこまでがんばっちゃう子だっているんだよ。愛莉が泉善を辞めて声優目指すって言ったとき、愛莉の両親は大反対だったみたい。それでも愛莉は声優になるの諦められなくて、高校の学費も声優学校の学費も自分で払うことを条件に、この学校に入学したのよ」

「マジかよ。ほんとにいるんだな、そんなやつ」


俺は今まで一度も進路のことで親と喧嘩したことがない。人に理解されにくい趣味は、部屋の中で完結する。誰にも迷惑はかからない。ザ・平凡な生き方をしてきたからだ。


舞が自分のスマホに入った写真を見せてくれる。

そこには中学の制服姿の舞と愛莉がピースサインで写っていた。

舞の言う通り、愛莉は黒髪を下の方で二つに結び、校則をきっちり守った長めのスカートを身に付けている。絶対領域など一ミリも見せる隙はない。

表情は笑っているが、笑っていない。

だが逆に『こっちの方が俺的には好みかも』なんて思ってしまう。

愛莉の片手には、俺と舞が昔から好きな美少女キャラのぬいぐるみが握られている。


「こいつもこのアニメ好きなのか?!」


普段あまり共感を得られない趣味なだけに、同じ趣味のやつを発見したときの喜びは大きい。


「ええ。正確に言うと愛莉はオールジャンルいける口ね。作品のジャンルというよりは好きな声優さんを追っていくタイプ」

「『京野亜美』か」

「『いつか京野さんと共演するんだ』っていつも言ってた」

「なんだよ。俺なんかよりもよっぽどアニメ研究部が板についてやがる」

「アニメ研究部なんかある高校、うちくらいだよ。だから入ってみたかったんだと思うな。どんなに声優の勉強やオーディションで忙しくても、その原点である好きなアニメに浸って、誰かとその想いを共有したいって」

舞は自分と愛莉を重ね合わせる。

「それならそうと先に言えばいいのに」

「愛莉は頑固なところあるからね。声優オーディションに受かってからじゃないと公言しないって決めてんじゃないかな。誰しも人に言わないでやりたいことってあるでしょ?」

「それはお前が言っていいセリフか? 俺が美少女好きなの隠してたのに、どっかの誰かさんは平気で言いふらしたけど」

「...」

「それは舞でいうとコスプレだろう?」

『うん』

舞は周りに人がいないことを確認して頷く。

『このことはどうかご内密に』

泣きそうな目で懇願してくる舞。俺は舞の秘密を握っていたことに、今さらながら気づいた。


そこで部長会議に出て行っていたあおいが、しょんぼりと肩を落として帰ってきた。

「もう終わってました...」

「ドンマイ、あおい。まあチョコでも食べて元気だそ!」

笑顔で励ましてくれる舞の胸に、あおいは子どもみたいに泣きべそをかいて抱き着いた。舞の膝でされ、とても気持ちよさそうだ。


「愛莉には、さっきのことちゃんと謝っておくから」

「そうしてあげて」

「何のことですか? そういえば愛莉さんは?」

「陵が怒らせて、帰っちゃった」

「またですか?」


チョコの箱を独り占めするあおいにそれから何度かお裾分けをねだったが、一つも分けてくれなかった。



◯◯◯


翌日、愛莉は宣言通り部室に現れなかった。

次の日も、そしてまた次の日も。


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