第21話
掃除中、浅川と今度の休みに秋葉原のメイドカフェに行く約束をしたところ、その話を盗み聞きしていた舞が『私も行きたい!』と言い出した。
舞に『メイドカフェに女子が行っておもしろいのか?』と聞くと、近頃は映えスポットとして女子も行くそうで、友達がメイドさんと撮った写真というのを見せてくれた。女の子がメインで片隅にメイドさんという構図。みんなにメイドさんを見せたいのか、かわいい自分を見せたいのかわからないSNSの投稿だが、女子も行って楽しそうなのは充分伝わってきた。
それはそうと、昨日から部活が始められるようになったのだ。放課後、音楽室で借りてきた電子ピアノを腕に抱えた俺は、部室へと続く階段を登っていた。
そこで、上から運動部の男子生徒5人組が駆け降りてくるのとすれ違う。アニメ研究部がある文化棟は、文化系の部室しかないはずだ。『運動部が一体何のようだ?』と一瞬考えるものの、まあそんなこともあるだろうと特に気に留めないことに。
3階の部室の扉の前に立つ。
「宮前だ。開けるぞ」
「「はーい」」
舞とあおいの声が帰ってきたことを確認し、扉を開く。女子の着替え中に扉を開けてしまうような過ちは二度と起こしたくない。
「......って、何じゃこりゃ?」
八畳ほどの教室のど真ん中で、舞とあおいがこたつでくつろぎながらテレビを見ている。
「何って、こたつに決まってんじゃん」
何を今更と不思議がる表情で、舞はチョコレート菓子を一口つまむ。
「俺は驚かないと部室に入れない呪いでもかけられているのか?」
「宮前くんも一緒にマジカル・ウィッチーズ見ませんか? 面白いですよ」
あおいは俺の顔は全く見ないで、テレビに集中している。
「ああ、3話のこのシーンか、泣けるよな。味方のエマに壮絶な過去があったことをカノンが知るんだ。俺は一週間前にリアタイで見たぞ」
「そこは『いいよね』だけで十分です。宮前くんが先に見たという情報は求めていません」
「でたー。陵お得意の、アニメのこととなるとついつい人より優位に立とうとしちゃうその癖!」
「うぐっ、痛いとこ突いてきやがる。って、そういう話がしたいんじゃなくて、なぜ部室にこたつとテレビがあるかについて聞いているんだ」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「何も聞いてないんだが...」
「この前浅草行った時、美咲さんに会ったでしょ?」
「ああ、レンタル着物店の」
「そうそう。陵と浅川くんがお店の外に出た後、あおいと一緒にお店の奥で着替えさせてもらってたの。そしたら部屋の片隅に使ってなさそうなこたつとテレビが置いてあって、『これどうすんですか?』って聞いたら、『もう使わないから欲しいならあげるよ』って言われたから貰う約束してたのよ。それでさっき陵が来る前に、美咲さんがお店の車で持ってきてくれたの。あおいちゃんと二人で運ぼうとしてたら、通りがかりの優しい先輩たちが持って上がるの手伝ってくれたの。助かった助かった」
さっきの運動部の奴らはそういう理由でか... 学年でもトップクラスのプロポーションの舞とロリでキュートなあおいが重たい荷物を運ぶのに困っていたら、男子が助けないわけがない。
「とても爽やかな良い方々でした。これでこそスポーツマンです」
「俺が情けなくて悪かったな。そんなことよりお前たち、今日から練習だ」
「練習って何の?」
「『何の?』じゃねぇよ。アイドルみたいに歌って踊ったりしたいと言っていたのはどの舞さんですか?」
「そうだった! ごめん、陵。こたつの温もりで頭ボケーっとしちゃってた」
「とりあえず、お前らはそこに並べ」
俺は机に電子ピアノをセットし、音を確かめる要領で、先日舞とあおいが桜の木の下で歌っていた曲を弾く。
「「これは!」」
舞とあおいは互いに目を合わせ、この前と同じように楽しそうに歌い始めた。二人の声があの時に吹いた春風を思い出させる。
一曲弾き終わり、俺の演奏に拍手してくれる二人。俺は照れ笑いしそうになるのを抑え、真面目な表情で二人の顔を見る。
「お前たちの歌は、人を前向きな気持ちにさせる何かがあると思った。そして自分なりに今のお前たちをイメージした曲を作ってみたんだ。聞いてくれるか?」
「陵、ありがとう!今まで散々悪く言ってごめんね」
「宮前くん、本当はいい人だったんですね。是非お願いします!」
「お、おう... 先に言っとくが、作曲はこれが初めてだから、あまり期待すんなよ」
目を輝かせてピアノに前のめりになる二人を、恥ずかしいからとは言わずに『近すぎるから』と追い払い、俺はピアノを弾き始めた。
3分40秒。
ピアノでいつも俺が弾くようなクラシックと比べれば一曲の長さは短いのに、自分が作った曲を初披露するとなると、弾き終わるまでがえらく長く感じた。恐る恐る顔を上げ、前の二人の表情を確認する。
「どうだった?」
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