第20話

「それであおいが部長になったってわけか。女子が着替えてるところにばったり遭遇するとは貴重な体験をしたもんだ。うらやましー」

「うらやましくなんかねぇよ。そのせいで俺の第一印象は最悪だ」

「その方が後々気が楽だぞ。落としてから上げるは印象操作の基本じゃん」

「そうなってくれたらいいんだけど。」


 翌日の昼、俺と浅川は昇降口の掃除をしながら昨日の放課後の騒動について話していた。結局あの後は、特に会話が盛り上がるわけでもなく、愛莉は用事があるからと先に帰ってしまった。


「でもさ、何でアニメ研究部に入ったのか謎なんだよ。アニメ好きには見えないし」

「聞かなかったのか?」

「その暇さえも与えてくれなかったんだ。まあいい。おいおいわかるだろう。それより美馬愛莉について何か知らないか?」

「美馬さんねー。サッカー部の間でも『あの子かわいい』って評判にはなってる。だけど、あまり良い噂は聞かないな。美馬さんと同じD組のやつが言ってたんだけど、何でも美馬さんはあちこちに男作ってるだとか、パパ活で儲けてるとか噂があるらしい」

「実際にその現場を目撃したやつでもいるのか?」

「そこまで詳しい話は俺も知らない。まあ、信憑性しんぴょうせいは薄いよな。きっと見た目としゃべり方が少し派手なのが悪い噂に影響してるのかもしれない。だとしても俺的にはめっちゃ好みだ」

「意外に思うかもしれないが、中学の時は生徒会長やってたらしい」

「へぇ、じゃあ性格もいいんじゃないか? 今度俺にも紹介してくれよ」

「よせよせ。『は? あんた誰?』とか平気で言ってくる奴だぞ」

「いいじゃん、ギャルにののしられてぇー」

「お前はほんとドMだな」

「それにしても宮前の周りはかわいい子ばっかりでいいよな。俺なんか周り男ばっかなのに」

「お前は男子サッカー部なんだ、しょうがないだろ。かわいいって言っても、三人とも俺には冷たいぞ。たまには癒しが欲しいよ」

「それなら良い話があるぞ」


待ってましたと言わんばかりに、浅川は見回りの先生に見つからないよう掃除棚の隅に俺を誘導し、ポケットからスマホを取り出す。またエロい画像でも見せてくるのかと思ったら...

「これ行ってみないか?」

「メイドカフェ・シュガースイートドリーム?」

全体的に夢カワなホームページには、メイド服の女の子が給仕する写真が掲載されている。

「宮前はこういうところ行き慣れてるだろ?」

「俺はどんなイメージなんだ。生憎あいにくだがまだ一度もない。どうしてだか教えてあげようか。二次元の女の子は裏も表もない。俺を裏切らない。だけど、このメイドは三次元の生身の女の子だ。所詮しょせんかりそめの姿。きっと裏では『あの客マジキモかった』とか言ってるに決まってる。そんな姿、想像したら一生部屋から出られなくなるわ。」

ついつい熱のこもった言い方になってしまった。

「かわいそうに。中学の時フラれたのが相当こたえたんだな。だがな宮前、世の中はそんなに捨てたもんじゃないぞ。この子たちはメイドカフェのお姉さんに自分から応募して採用されてるんだ。中には高給目当ての奴もいるだろう。だが大半はメイドに興味を持っていて、メイドになってご主人様の世話をすることに生きがいを感じてる徳高とくだかい子だっているんだよ。その子たちを応援してあげる奴がいなくてどうする?」

浅川は腕を俺の肩に回し、綺麗な理由を並べて俺を説得にかかる。


 まあ社会経験として一回くらい行っても良いだろう。秋葉原は何度も通っているが、隠キャの俺は街頭で客引きのメイドに声をかけられても勇気がなくて目を合わせることもできなかった。前々から興味がないわけではなかったし、浅川と一緒なら観光気分で行けそうな気がした。


「わかった。今度の週末でいいか?」

「おう!とうとう行く気になってくれたか。さすがは。おめぇはホントに世界の救世主かもな!」


何だか一世代も二世代も前のアニメのセリフを引用しながら俺の背をポンポン叩いてくるが、それは浅川が海外生活長くてアニメのトレンドに疎かったわけで仕方がないことなのだとわりきって、俺は愛想笑いする。


その時だ。突然俺は誰かから見られているような気配を感じた。周りには誰もいないはずなんだが... 後ろを振り向くと、すぐ近くの掃除棚からゴソゴソと音がする。


そして、勝手に扉が開いたかと思うと、『バーン』と効果音をつけて派手に登場したのは、舞だった。

「話は最初から最後まで聞かせてもらったよ、諸君!」




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