第14話

「うっひょー! こんなにたくさん種類があるなんて思ってなかったよ。あおいちゃん、見て見て!」

「毎回『見て見て!』言われなくても、ちゃんと見てますよ。」

 

 俺たちは浅草のレンタル着物店に来ていた。

 店内には所狭しと、色とりどりの着物、帯、下駄、かんざし、その他諸々が並べられ、若い女性客で賑わっている。

 

 舞が俺だけに教えてくれたことには、店主の美咲さんが舞のコスプレ仲間らしく、店のホームページ用に着物を着て写真を撮ることを条件に、無料で貸し出してくれることになったそうだ。

 美咲さんはコスプレの衣装制作の界隈かいわいではちょっとした有名人らしい。その人に合うキャラのコスチュームをジャストフィットに仕立てる、コスプレ界のスタイリストだった。むしろ衣装制作が本業で、レンタル着物は副業らしい。店にコスプレが似合いそうな女の子が来ると、そっちの方をしつこく勧めてくるとかで、ネットでの店の評価を自ら下げるような店主だった。


「久しぶりじゃん、舞! この前の魔女のコ..」

美咲さんがコスプレと言いそうになるのを舞がさえぎり、話し始める。

「今日は、この子と一緒に着物で浅草を楽しもうと思って」


舞の影からひょこっとあおいが顔を出し、『初めまして』とぎこちなく挨拶する。人見知りはすぐには治らないようだ。


「何この子?!天使なの?!着物じゃなくて、店の奥に私が作ったフリルのドレスがあるからそっち着てみない?」


まるで美味しそうな肉を目の前にしたときのように、美咲さんは目を輝かせ、生唾なまつばを呑み込む。ロリータ服を着せられるあおいが俺の目に浮かぶ。それはそれで見たいかも、なんて思ってしまう。


「私たちこういうの着てみたいんだけど、あるかな?」


舞がスマホの写真を美咲さんに見せ、美咲さんはどれどれ?と写真を見ると、舞とあおいの体を一瞥いちべつし、全てわかったというような職人の顔をのぞかせる。

良かった、ただの変態ではなかったようだ。


「今人気よね、これ。もちろんあるよ!」

美咲さんはそう言いながら店の奥へと消えて行ったと思ったら、すぐに衣装一式を揃えて戻ってきた。衣装を持ってきたのがあまりにも早かったから、美咲さんには双子がいて、さっき俺たちと話してた美咲さんとは別人なんじゃないかと疑うほどだ。

まあ、そんなはずもなく、美咲さんは布地をあおいの体に当て、早速着付けを始めようとする。


「男子たちは着替えが終わるまでどこかに行っててください。」

あおいは恥ずかしくなったのか、頬を赤らめて俺たちを追い払う。

「着替えは奥でしろよ。」

俺は正当性を主張した。


一方、浅川は店内にいる年頃の女の子たちを、鼻の下伸ばしてボケボケと観察していた。

俺は今にも変質者として通報されかねない浅川の腕をつかみ、言われた通り店の外に出る。


「なあ、宮前。着物っていいよな。露出が少ないのに、なんであんなに色っぽいんだろうか。髪をアップにしてうなじが出てるのもいいよな。着物だと、舞ちゃんよりはあおいちゃんの方が似合うかもしれないな。着物は凹凸おうとつがない体の方が似合うって言うし。」

「お前、そのこと舞たちには言うなよ。『浅川くんなんて嫌いです!』とか言われて仲間に入れてもらえなくなるぞ。」

「それもそれで言われてぇーな」

「重症だな。」


店先の長椅子でそんなボーイズトークを繰り広げていると、ドアが開く音がして着物姿の舞とあおいが現れた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る