第12話

「というわけで、みんな入部届は持ってきた?」

と確認する舞。


舞があおいのリュックを間違えて持って行ってしまい、すったもんだあった日の翌日。休み時間のことである。

俺とあおいは舞の席に集まった。

それぞれ手には『アニメ研究部』と書かれた入部届を持っている。


「本当にいいのか、あおいちゃん?俺はまだしもあおいちゃんはそんなにアニメ詳しくなさそうだし。」

昨日舞にアニメ研究部に誘われ、入ってみると話に乗ったは良いが、ひと時の気の迷いというのも考えられる。


「ええ、私決めました。私は歌うのが好きです。でもそれは合唱部でなくてもできるんだと気付かされました。」

あおいは覚悟ができているようだった。


「あおいちゃんの声を聞いたとき、ビビビッときちゃったのよ。これは素晴らしいアニメ声だと。その囁くような甘い声は出そうと思って簡単に出せる声じゃない。」

舞はそう熱く語り、あおいの手を両手で包み込んだ。


「つまり、こういうことなんだな? 舞はアニメ研究部でただアニメを見て感想を言い合うだけじゃ満足できず、自分たちでアニソンを歌ったり踊ったりしたいと?」

「そのとおり!」

「それで、あおいちゃんの歌唱力とロリな見た目がなくてはならないと?」

「さっすが陵。わかってるぅ〜。」

「でもそれってかなりハードル高くないか?歌うだけ、踊るだけならまだできなくもないが... 第一、誰が指導するんだよ?」

「だから陵を誘ったんじゃない!」


『???』


「陵のお母さんはピアノの先生で、陵もピアノが得意なの。しかも、絶対音感の持ち主ときた!一度聞いた曲を耳コピして即興でピアノ演奏できちゃうの。脳あるブタは爪を隠すとはよく言ったものね。」

「それはすごいです! 是非一度お聞かせいただきたいものです。」

手を合わせ、感心する様子のあおい。


「それを言うならブタじゃなく鷹な。俺のこと、ちょいちょい萌えブタ扱いしてくるが、お前も同類じゃねぇか。っていうか、今何つった?」

『だから、絶対音感の持ち主で、、』と言う舞を遮り

「いや、その前。俺を誘った理由だよ。」

「ああ、陵にコーチをお願いしたいと思って。」

「何の?」

「何のって、歌と踊りのよ!」

そんなのあったり前じゃないと言いたげな舞。


「待てよ。ムリムリムリムリ。指導者なんて経験ねえよ。」

俺は必死で抗議する。


「人間誰しもゼロからスタートするものなのよ。」

「陵はこれまで数々の美少女コンテンツで目を肥やしてきた。当然声優アイドルが歌って踊るアニソンもね。アニソンが何たるかを知り尽くしていると言っても過言ではないわ。そして、その絶対音感。持ってる才能を生かさないでどうするの?!このままダラダラとただ萌えブタを続けて死ぬつもり?」


と俺に向かって詰め寄る舞。

俺は、誉めているのか貶しているのかわからない舞の圧にやられそうになる。


「それで本望なんだが...... 俺はただ好きなものに囲まれて幸せに暮らしていたいだけなんだよ。どうしてお前の願望のために汗水流さなきゃいけないんだよ。」

「今の聞いた?あおいちゃん。」

同意を求めるようにあおいにパスを投げる舞。


「わたし、宮前くんのこと、ちょっと失望しました。」

あおいの冷ややかな視線が俺に向けられる。


「だんだんあおいちゃんが俺に冷たくなってきた気がするんだが...」


俺はしばらく考えあぐねた末、

「わかったよ。やってみるけど、期待はすんなよ。」

と渋々引き受けることにした。


たかが高校の部活だ。てきとうに誰かの作品をコピーして舞の気が済めばそれでいい。後は趣味の時間に回せばいい。

そのときはそれくらいの気持ちでいた。


「やったー!」


と舞が満面の笑みであおいにハイタッチを求める。

あおいも笑顔になり、ぎこちなく舞と手を合わす。

それを側から見て微笑ましい気持ちになっていた。


俺は三人分の入部届を提出しに職員室に行くことにした。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る