舞じゃん!
第1話
入学式の日。
俺は、所属クラスが発表された掲示板を見て安堵していた。
『よし、新しいクラスに知り合いはいない』
それもそのはず。中学の同級生が志望しないような、少し遠目の高校をあえて選んで進学したのだから。
期待と緊張で胸を躍らせ、「1ーA」と書かれた教室にたどり着いた。
黒板に貼られた座席表のプリントを確認し、「宮前」と割り当てられた窓寄り後方の席に向かう。
集合時間の20分前だが、登校初日とだけあって、クラスの3分の2は既に登校してきているようだ。俺のように一人で座っている生徒もいれば、知り合い同士仲睦まじく談笑する生徒たちもいる。
互いの腹を探り合うように、遠慮がちに静かなトーンで会話を続けている。
友達もいなければ、眺める教科書もまだ貰っていない手持ち無沙汰に、入学説明会で渡されたプリントに目を通していると、横から視線を送られていることに気がついた。
気だるげに机に突っ伏しているが、相手は女子。
『第一印象は大事だ』と教訓は、昔見たアニメで学習済みだ。
「初めまして、俺、佐野中出身の宮前陵。」
俺はなるべく紳士然と挨拶した。
「久しぶりね、陵。」
初めて会ったはずなのに、なぜか俺の名前を呼び捨てしてきた。
両腕を天井に向けて高く伸ばしながら、俺を眠気まなこで見つめる。
伸びをしたときに、セーラー服の胸のスナップボタンがプチっと一つ取れてしまい、女の子はそれを慌てて付け直す。
俺は見てはいけないと反射的に目を
「えっと...知り合いだったかな?」
と見ていないフリをしてごまかした。
「仕方がないな。大ヒントね」
そう言って女の子は、メガネをかけ、次に垂らしていた長い黒髪を高いところで二つ結びにしてみせた。
「もしかして......舞?!」
「そうだよ〜忘れるなんてひどいな〜。」
俺が正解にたどり着くと、安堵した様子でメガネを外し、髪型を元に戻した。
舞は、小学生のときの同級生。
当時の面影は残しつつも、すっかり立派な女子高生に成長していた。
身長は幾分高くなり、出るところは出て、引き締まるべきところは引き締まっている。何と言うか、つまり、しばらく見ないうちに大人の女の魅力が増していた。
幼馴染と久しぶりの再会。
もしかするともしかするかもしれない、学園物にありがちなシチュエーションに、俺はほんの少し期待した。
だが、そんな淡い期待は束の間。
「今でも好きなの?」
「何が?」
「すーきーな人はキミだ!天使のようなキミさ!」
舞はマイクを持つように片手を握り、曲に合わせてこちらに人差し指を向けるポーズをきめる。
少し声が大きかったため、クラスの何人かが視線をこちらに向けてきた。
「ちょい、ちょい」
俺は慌てて舞の口を手で押さえた。
すると、舞は訳がわからないといった様子で抵抗する。
入学して早々変なイメージを持たれては困る。俺は手を離し、舞の耳元でそっとつぶやいた。
「俺が美少女アニメ好きだったことは、お願いだから黙っててくれ」
「何で? あんなに好きだったじゃん、ミラクルウィッチーズ!」
「だから声がデカいって」
俺は冷や汗をかきながら、
「高校では趣味のことは内緒にするつもりなんだよ」
と事情を説明した。
「気にすることなんてないのに。多様性の時代だよ!令和だよ!SDGsだよ!何が好きだっていいじゃん。私は今でも大好きだけどなー」
舞はまだ眠たそうにあくびをしながらそう言った。
多様性はまだしも、SDGsって意味わかって使っているのだろうか。
舞は女子高生が持つにしては幼すぎるパステルカラーのラメがキラキラ入ったスマホを取り出すと、ミラクルウィッチーズ!の壁紙を見せてきた。
「おま......それっ!」
そうだった、俺は昔を思い出した。
舞も『ミラクルウィッチーズ!』をはじめとする美少女コンテンツが好きだったことを。それでよく放課後、舞の家で一緒にアニメやゲームをして遊んでいた。
そもそも俺が二次元美少女好きになったのも舞がきっかけだったのだ。
気がつくと、クラスのほとんどの生徒が着席していて、担任と思しき女性がホームルームを始めた。
簡単にこの後の入学式の段取りが告げられ、自己紹介をするよう促される。
一人一人名前や出身中、入りたい部活を発表する中、隣の舞の順が回ってきた。
見た目だけだと落ち着いていて、クラスでも上位に入るであろう可愛さの舞。クラスの男子生徒は羨望の眼差しを向けていた。
「初めまして、諸星舞です。
好きなアニメはミラクルウィッチーズ!、それから、愛マイミーと、それから...」
好きな美少女アニメを羅列していく舞。
クラスメイトは聞き慣れないタイトルに、やや困惑の表情を浮かべている。
話が一段落したところで、まばらな拍手が起きかけた。
そして、舞は最後にこう締めくくった。
「高校ではアニメ研究部に入るつもりです。
そういえば、隣の陵とは小学生の時一緒に美少女アニメの話で盛りあがった中です。」
言い切って満足気に着席した。
クラスの視線が俺にも向けられている。
きっと変わったやつとして舞とグルーピングされたに違いない。
『黙っててって言ったのに』と口の形だけで抗議を伝える俺に、舞は『ごめん、うっかり』と軽く笑って見せた。
こうして俺の夢見たキラキラな高校生活は、理想とは程遠い形でスタートを切った。
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