鳴らない言葉 もう一度描いて

底道つかさ

開け放たれる 青すぎた空 一粒の雫

 2022年10月31日、晴天、羽田発上海行、JN816便。日本海上空38000ftで安定飛行へ至ると俺はトイレに入った。まず最初に自分のパスポートを便器へ投げ入れる。これでワンファンは死んだ。代わりに偽造パスポートを手に持つ。今よりは田中たなか太郎たろうとなり果てた。

 これから機をハイジャックし、上海タワーをかすめて郊外へ落ちる。列島民族による大陸国への航空テロ攻撃。

 これを口火に戦争が始まる。

 死は怖い。だが全ては大祖国が真の平和でアジア全土を統一する為。安い犠牲。

 服を脱ぐ。代わりに着るのは黒い全身タイツ。万が一燃え残った際、身元を隠ぺいするため、個人を特定できるものは偽パスポート以外捨てる。

 空港までに買った覆面を被った。カバンから色付きのプラスティックの板を数枚出し立体に折り込んで組み合わせる。3Dプリンターで成形したライフルのハリボテ。弾は出なくても見た目が本物なら押し通せる。加えて偽爆弾も同様に作った。

 この開戦工作の為に本国は航空会社すら敵国に作ったのだ。乗客乗員は全て奴らの民で我が民族の犠牲は一人も出ない。

 何故か皆若者であったが好都合だ。パニックは必然、事は進みやすい。

 さあ、準備は出来たぞ。いざ、愛国進征の時。

 トイレを出て客室に飛び込む。

 銃を向けて連中の言語で怒鳴る。

「動くな!!この機は我々が奪取した!!!」

 沈黙。状況が突然過ぎれば当然の反応。だが一人ばかり叩き潰せば現実と分かる。

 丁度、すぐ隣の金髪の女が悲鳴を上げた。その髪を掴み上げ振り回して座席に叩き付ける。

「高い声で騒ぐな女、苛立つ」

 静寂。これは恐怖によるものだ。その証拠に女は震え上がって——

「嗯?」

 女がいない。いや、投げ捨てた人間はちゃんといる。だが

「男人?」

 男だった。しかも髪が黒色になっている。そして金のカツラが自分の手にあった。

 コスチュームプレイングだ。

 キャビンに、大爆笑が轟いた。

 若者たちが次々自分の元へ寄ってくる。よく見ると全員奇想天外の姿であった。

「捻り無さすぎ!」「テンプレありがとうございます」「すげえ気合っすねっ」

「このガンすげえ、クオリティ」「その頭でハイジャックは無理でしょっ!」

 言語は理解できても意味が把握できない言葉を一斉に浴びせられて混乱する。

 頭だと?ただのハロウィン用のかぼちゃの覆面じゃないか。何故こんなに笑う。

「嗯?嗯?嗯?」

「あれ?向こうの国の人?」

 まずい!

 よく見ればいつの間にか動画も撮られている。

 とにかく恐怖で支配せねば。

「うるさい!」

 大音声で若者たちが一斉に静まる。

 そこへCAがこちらへ歩きながら声を掛けた。

「お客様方。機内での不要な移動は大変危険です。どうぞ今すぐお席へお戻りくださいませ」

 聞く者を自然に誘導する、柔らかくも真がある声だ。

 乗客たちが慌てて元の位置へ戻る。

 助かったと思っている内に彼女が自分の元へ来た。更に耳元で話しかけてくる。

「要求をお聞きします。コックピットはすでに閉鎖されましたので私が全てを承ります。どうぞ後方へお越しを」

 祖国の言語だった。

 内心に安堵と気勢が戻る。ようやく本来の目的をこなせるらしい。

 CAの後ろ姿を見ながら共に後方のエントリードアまで行く。

 そこで偽の爆弾を見せつけようとした時だった。

 体内に衝撃が打ち込まれ轟然と響く。CAの肘が肋骨を無視してめり込んでいる。

 悲鳴の代わりに血を吐いて膝が崩れた。

「キャビンから機長へ。犯人を制圧、爆弾らしきもの所持。予定通りやりますので準備どうぞ」

 激痛の中でCAが受話器に話す声を聴く。何をする気だ。

 CAは近くの手すりと自分を安全帯で繋ぐと、扉を見た。

 まさかっ!

「っ……ガっ……ごぼっ」

 ——爆弾は偽物!だから止せ!

 言葉は出ず血が出る。

「そう言われても真偽は判別できませんので。これが手っ取り早い」

 ——そう、そうだが、しかし!

「今更ですよ。覚悟はあったのでしょう」

 ——止めろ!止めろ!!

 必死に血を吐くがCAがとうとう長い足を構える。

 ——お前も、俺と同じだろう!?工作員だ!何故邪魔をする!!!

 告げる。

 先ほどの祖国語は内陸の辺境訛りがあった。普通に学んだのなら決してあり得ない声調があったのだ。CAは同じ祖国の人間。この状況にいるならば航空会社設立からいる工作員の筈だ!

「おっしゃるとおりです。しかし、邪魔をするのは当然でしょう」

 最早血を吐くゆとりも無い。

「開戦工作はもう止まらない。あなたが失敗しても代わりはいくらでも湧く。なら、ここで私が巻き込まれてやる理由がどこにあるのです」

 ——そん、な、俺は、選ばれた英雄と、本国からわざわざ

「あの独裁者がすると思いますか、あなた。ディープ合成音ですよ」

 ——そ……な

「ではそういうことですので、行ってらっしゃいませお客様。良い空の旅を」

 CAがドアロックを蹴り飛ばした。気密閉鎖が外れて内から外へ大気圧が掛る。

 一瞬で全開に放たれたドアから、エアごと空へ吸い込まれた。

 重力を見失って大回転、視界が安定したときにはもう機体は指先より小さく。

 わずか12000m、約50秒の人生最後の空の旅に出ていた。

 見えた物は、真っ青な空。

 そして、頭から外れたかぼちゃのお化け笑いが、空中に漂いこっちを見る。

 最後の赤い一滴を青空に垂らし、後はもはや旅の終わりを待つしかない。






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鳴らない言葉 もう一度描いて 底道つかさ @jack1415

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