第10話 紛れ込むアヤカシ

少し時間を遡った話がある。私が長いこと暮らしているこの古都には、古い記録としてアヤカシの出没した記録が残されている。いずれも現代ではあくまでも史実と言うよりも何らかの隠喩を含んだ一種の教訓譚という位置づけで、資料として引用されるときも大抵、いわゆる娯楽小説の怪異物であることが多い。ようするに空想の産物だったり、絵空事だったりだ。もちろん当事者のアヤカシ側にとってはそのような記録に遺されてしまうような事例は史上最大の不祥事以外の何物でも無いのだが、いまとなっては人間サイドが絵空事として楽しんでいるのを、内心ヒヤヒヤしながらも生暖かく見守っているという状況にある。何の話をしているのかと思われるかもしれない。『史上最大の不祥事の記録』というのはもちろんいわゆる『今昔物語集』にある百鬼夜行のくだりである。その後様々に形を変えつつ宇治拾遺物語など様々に語り継がれて、当時は効き目のない札やら呪文やらにやられて退散する振りをするのが、まるでアヤカシ達の間でのコンテストみたいになっていたのを覚えている。

人型を取ることのできる力の強いアヤカシの中でも、人間の言葉を操ることに長けたようなモノの間で、当時流行していた『遊び』が、「人間の考え出す“まじない”に、どれだけ派手なリアクションをしてみせるか」だったのだ。力の強いアヤカシが始めた『遊び』に影響されて、まるで幼子が意味も知らないまま大人の真似をするように力の弱い物の怪達までもが人間の“まじない”に『やられて退散する振り』をするようになっていった。もちろん本当のところは微塵もダメージなどを受けることなど無いのだが。『お化けにゃ病気も何にもねえ』なのである。

何にしてもこの古都の中にはそうした昔の悪ふざけの記録が残って語り継がれてしまった場所がある。そして最近では酔狂なことにわざわざその伝説の地で当時のように『百鬼夜行』を再現しようなどと言うイベントが、人間側の企画として開催されているのだ。人間というのはいつの時代も娯楽に貪欲で、想像力に満ちている。

よもや『本物のアヤカシ』が面白半分にこっそりと紛れ込んでいるなんて事は、きっと想像だにしていないだろう。

「こんにちはー、百鬼夜行市にようこそ。妖怪グッズ色々ありますよ。いかがですか?」市内の商店街の一角にある神社の境内で本日開催中なのが、その『史上最大の不祥事』を元に始められたイベント、『大将軍神社一条百鬼夜行妖怪市』だ。

いつもはひっそりとしている神社の境内には、ところせましと様々に趣向を凝らしたブースが設けられて、いわゆる妖怪をテーマにイメージを膨らませたイラストや、指輪、ピアスなどのアクセサリー、陶芸作品などの手作り品が並べられている。やはり主流なのは某有名妖怪漫画の登場人物の片目に下駄の少年とその中に登場するキャラクター達をリスペクトした作品群だ。そのほかに、いくつかメジャー級の妖怪をイメージした作品がいくつもある。この場合のメジャー級妖怪というのは、鬼や天狗、猫又、ちょっとマニアックなところで牛鬼や白蔵主などだ。私や火車、魍魎などが取り上げられていることはほとんど無い。境内を冷やかしながら私が人気投票を観ているような気持ちでにやついていると

「そこのお嬢さん、何かお探しかね。」と人波の間から声を掛けられた。にやついている表情を慌てて扇子で隠しながらそちらをふりむくと、そこに居たのは“白蔵主”のかぶり物とそれらしいボロ袈裟をまとった『本物の白蔵主』だった。なんだか非常にややこしいが、狐のアヤカシである白蔵主は当然、人の形をとって普段から人間社会に溶け込んで生活している。つまり、一見すると普通の人間の若者が、伝説の妖怪「白蔵主」の仮装をしているようにみえるが、中身の方も本物のアヤカシであるという事なのだ。つまりは面白がっている。

「・・・目一杯楽しんでるな。」ちなみにこいつも普段の生業で貸衣装屋も営んでいるので、半年に一度くらいの頻度で古着市などで出くわすことがある。大抵独特の気配と、特徴的なつり目でそれと識別可能だが、元々『化ける』専門家だから、気配の紛れ込みの上手さはさすがと言ったところだ。どう見ても普通に妖怪のふりを愉しんでる今時の青年にしか見えない。私が若干の皮肉を込めてそう言うと、白蔵主はにんまり笑って大袈裟に狐だか招き猫だかわからない謎のポーズを決めて見せた。

「正々堂々とほんまのこというても疑われへんのは、なんやすがすがしいな。」

にやりと笑ったかぶり物の下の口元が大きく裂けて、一瞬だけ本来の姿に戻る。

『化け上手』なればこその素早い変化だ。私や、絡新婦、陰摩羅鬼、姑獲鳥などには真似の出来ない芸当だ。

「そうそう、『小袖の手』は、なかなか人気出んなあ。」確かに一つもグッズ化されているのを見たことはない。

「・・・ほっとけ。」べつにグッズ化したところで私に何か収入があるわけでもないので、特に悔しくも無いが。それでもわざわざそうからかわれると面白くはないのでプイと顔を背けてやる。

「まあ、そないにむくれなや。今日はな、珍しいお客さんが来てんねん。せっかくやし紹介するわ。」半ば強引に私の袖を引きながら、白蔵主は境内に並んだ数々のブースを縫って進み、片隅にある小さな稲荷社の横にテーブルを出して座っている人物のところへと近付いた。

「なあなあ、古い馴染みがおったわ。紹介するわ。」近付いてみると、テーブルの上に並んでいるのは中国の玉蝉と玉牌だ。いかにも時代を感じさせる、骨董品と言って良いような物が無造作に黒い天鵞絨の布の上に並べられている。

「・・あ。こんにちわ。どもです。お世話になってます。」独特の訛りのあるイントネーションで、大陸出身であるのがすぐにわかった。

「・・・どうもこんにちわ。」とりあえずは挨拶を返したものの、お互いに困惑した空気が流れる。

「・・あ、すまんね。こちらさんは私の古い馴染みの『小袖の手』というアヤカシなんや。」白蔵主がそう口を挟んでようやく『珍しい客』というのが大陸のアヤカシであるというのが推測できた。

「・・あ、ワタシは中国から来ました『讙』いいます。よろしくどぞです。」そう言いながら手元の鞄から本を取り出して開いて見せてくれる。そこには額の中央に一つ目のある虎のような猫のような縞模様の四つ足に三つ叉の尻尾を持った獣の絵図があった。かわいいような不気味なような何ともいえない姿が、この大陸からの客人の本来の姿であるらしい。

「普段は砂漠の近くで墓守をしてるです。今回はちょっとお小遣い稼ぎに来ました。」どうやら墓守ということは、このテーブルの上に並んだ玉製品は墓の副葬品ということだろう。よくみると端には中国の古銭も積んである。

『玉蝉って確か死人の口に含ませるモノじゃなかったっけ。』深くは突っ込まないが、それは多分そういうことだろう。単なる翡翠の工芸品だと思えば、それでいいのだ。

「得意技はモノマネです。」そうにこにこしながら話すと、次の瞬間、

「なあなあ、古い馴染みがおってん、しょうかいするわ。」と、白蔵主そっくりの声色でさっきと全く同じ言葉を話し出した。

「うわやっぱ凄いなあ。ほんまにそっくりや。」大喜びする白蔵主に、顔を赤らめながら照れ笑いをする讙。見た目は少年のようだが、私たちと同じアヤカシなのだから、相応の年月を経ていることは間違いない。そうやって盛り上がっていると、

「おや。これはなかなか珍しいモノが売ってますね。・・・おいくらですか?」

上品なジャケットを着た初老の男性客が、テーブルの端に積んであった古銭に興味を示して声を掛けてきた。

「あ、・・・せ、千円でいいよ。」小遣いを稼ぎに来たという割に、讙は売れると思っていなかったらしく、慌てながらそう答える。

「ほほう・・・・。一枚千円ですか。・・・では十枚頂きます。」そう言って初老の紳士は財布から一万円札を出して手渡し、古銭の山の中からめぼしいモノを見繕い始めた。讙が実際にどの時代の墓守をしているのかは知らないが、未盗掘の墓の副葬品としての古銭ならば、いわゆるお宝という奴なのではないだろうか。紳士のあまりにも真剣な吟味を見て、私は内心不安になる。アヤカシにとってはガラクタでも、人間は付加価値をそれに見いだす生き物なのだから。

男性客はかなりの熱量で十枚を吟味して、今にもスキップしそうな上機嫌で帰って行った。讙は男性からもらった紙幣が日本円で一番大きな額面の紙幣だということを白蔵主に教わって、味を占めたらしく、古銭も玉蝉も玉牌もすべて千円で販売することに決めたらしい。見た限りでは釣り銭の用意をしている様子がなかったので、わたしもそれに賛成しておくことにした。男性客の様子を遠巻きに見ていたらしき参拝客が、その後もぽつぽつと古銭や玉を買っていき、讙と白蔵主は嬉しそうにしている。

「滞在先は確保してあるの?」余計なお世話だとは思いながらも、見た目が少年に近いため、そこだけは聞いてみる。

「大丈夫やで。俺が面倒見るさかい。ちゃんとうちの寺の方丈用意してあんねん。」

白蔵主は自身の引き継いだ寺院の境内で貸衣装と着付けの商いもしているいわゆるやり手実業家僧侶という奴だ。ちゃんと住職としてお経なんかも唱えて法事も葬儀も出来るらしい。葬儀社に勤める陰摩羅鬼ともども、アヤカシに人間の考えた呪文や経文の効果が無いことがはっきりとわかる。

「そう。なら安心ね。じゃあ日本滞在を楽しんで帰って。」いつの間にやら夕方になり、境内のブースもそれぞれ片付けを始めているところもある。私もせっかくだから何か買って帰ろうと、白蔵主達のテーブルに背を向けると、

「ああ、そうやった。今度またあんたのとこに『モノ』持って行くからな。綺麗にしたって。よろしく頼むな。」思い出したように白蔵主が声を掛ける。『モノ』というのは、私の主食である『死者の念』の籠もった着物のことだ。古着市場を巡るそうした着物は、無防備に人間が着用すると着た人に害を及ぼすことがある。そのままではせっかく仕入れても商品には出来ないので、そんなときには私の出番というわけだ。

買い物を楽しんだ上に、食事の情報も手に入れて、私も先ほどの紳士と同じように、スキップでも出来そうに上機嫌に見えたことだろう。

今日は思わぬ出会いと収穫のある、実りある楽しい一日だった。

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