第7話  集うアヤカシ

それなりにばたばたとした毎日を過ごし、季節はいつしか秋から冬へ。日課になっていた朝の落ち葉搔きも、大徳寺の駐車場の木々がすっかり丸裸になって、ようやく一段落した。それでもやはり玄関先の掃き掃除は習慣でもあり、情報収集の手段でもあるので、何となく続けている。

「あ。・・・そろそろ冬の特別拝観の時期なんだ。」紅葉の季節の喧噪も落ち着いたこの時期、市内各所では歴史ある寺院などにおいて、普段非公開にしている建物内部や、襖絵、茶室などの特別公開があるのだ。オフシーズンの観光客誘致ではあるが、普段ならば関係者しか入れない場所なども見られるので、地元の人間でも『今年はどこがやるんやろ』というチェックを入れる人の多いイベントだ。

大徳寺の駐車場にも、毎年この時期になると特別拝観申し込みの特設テントが立てられ、看板が出されるので、掃き掃除を終えて道具を片付けてから私ものぞきに行ってみる。まだ朝の時間帯はアルバイトの係員も準備中なのか、テントの中はまだ無人だったが、特別拝観開催寺院の一覧表がパンフレットとして積んであったので、一枚拝借して持ち帰ることにする。

「・・・・どれどれ。」部屋に戻って一服しようと電気ケトルでお湯が沸くまでのあいだに、先ほど拝借してきたパンフレットを、パラパラとめくってみる。

「あ、・・・ここ。特別公開に入ってるんだ。」記憶の片隅にとどめていた、【描かれた動物が消える襖絵】をおそらく所蔵している寺院、退蔵院が、国宝『瓢鯰図』の特別公開とあわせて方丈の襖絵公開という記事がトピックとして取り上げられている。写真が小さくてわかりにくいが、おそらく先日言っていた消えた動物たちが写った襖が載っている。

「・・・・戻ってきたんかな。」人ごとながら気になってきたので、久々にパソコンで情報を検索してみる。

「湯が沸いたぞ。」集中していて気付かないうちに電気ケトルが止まっていたらしい。テーブルの上に出していた茶器の龍がぼそっと呟くようにして教えてくれた。

「ああ。ありがと。」お茶の支度をしながらも、何となく画面から目が離れない。

「何をそんなに調べ始めたンだ。」珍しく茶器の龍が口を出す。

「ちょっと前に大徳寺の警備さんから小耳に挟んだ話なんだけど・・・」ひとしきりそのときの話を説明する。

「それなら昔聞いたことがあるな。」ぼそっと呟く茶器の龍の言葉に、私は内心少し驚いていた。実はこの茶器、偶然骨董市で見つけて手に入れたもので、付喪神になるほどには古いと云うことしか判っていないのだ。本人も過去のことなど一切口にしないので、どのような由緒来歴の有るものなのかが謎のままだったのだ。茶器には窯印が入っているものの、当時は作家ものという概念が存在しなかったため、現代まで名を残している陶工というのはほんの一握り。命が宿るほどに出来が良いものであるのは確かなので、どこかで大切にされていたものだったのだろうと云うことしか推測できない。たとえ契約関係にあったとしても、本人の意思で口を開かなければ過去のことなど触れずにおくのがアヤカシ同士の不文律だ。それはさておきとして、私は茶器の龍が以前聞いたという噂話の内容が気になった。

「どういう話だったの?」聞き返すと、茶器の龍は考え込むようにして目を閉じ、しばらく口元をムニャムニャと動かしながら黙り込んでいた。

「・・・・長い話になるんだがな、簡単にまとめるにはちっとばかし込み入ってるからな。・・・・そうだな、あのときは確か粟田口の窯で使われてたんだった。」どうやらこの茶器は窯元に愛用されていたモノだったのらしい。

「当時は寺の坊主ってのがやきもの界隈じゃ一番のお得意先だったから、あちらこちらの小坊主さん達が庵主さんのお使いとやらで窯元に来ては噂話を落としていってくれたもんだ。その中の一つで確か安土桃山時代の偉いさんのお抱え絵師の襖絵から、鳥が一斉に飛び立って、居なくなったっていう話があったんだ。」

「襖の絵が逃げ出したってこと?」飛び立ったと逃げ出したはまた少し違うような気もするが、今回の事例に似たものであることは確かではある。

「・・・フム。結局一晩で皆襖に戻っていたという話だったが、当時その話を聞いてたのが吾を造った陶工でなあ。絵描きに弟子入りするような変わり者だったから、襖絵の絵師の名前まで、小坊主さんつかまえて根掘り葉掘りしたからよく覚えてるんだ。」粟田口の窯元で、絵描きに弟子入りする変わり者の陶工に心当たりがあるような気もするが、いまは襖絵の作者が気になる。

「で、結局絵師の名前は何だったの?」

「確か、狩野派の・・・・了慶だったかな。狩野了慶だ。」事実ならば当時もかなり騒ぎになったのだろう。絵画の作者の名なんて興味を持たなそうなお寺の小坊主さんまでもが話題にするほどだ。公式の記録として遺されなかった、不祥事に近い出来事だとしても、界隈ではさぞや取り沙汰されたことだろう。

「こないだ聞いた話の襖絵も確か狩野了慶だったよねえ。・・・・まあ、今回のは鳥じゃなくて、動物だって云う話みたいだけど。戻ってきたのかな。」

「・・・そのチラシに載ってるんなら元通りになったのではないのか。」欠伸をかみ殺しながら茶器の龍が答える。云われてみれば確かにその通り、問題が解決しないままで一般公開に踏み切るなんて蛮勇の極みを、保守的で知られる禅宗寺院が許可するはずもない。沸かしたお茶をすすりながら、限定公開の日程をカレンダーに書き込んでおくあたり、我ながら野次馬だとは思う。今のところその日程にはまだ予約客が入っていないので、運がよければちらっと覗きに行ってみたいものだ。

『・・・やっぱりそうか。』眠そうにしている茶器の中から茶殻を捨てるついでに、こっそりと蓋裏と本体の底にある窯印を確認する。楕円形の囲み印の中には判読しづらいが二文字で下が『米』とある。粟田口の窯元で、絵師に弟子入りするような変わり者の職人と云えば思い当たるのは一人しか居ない。青木木米といわれる人物だろう。煎茶の器を数多く作った現代にも名前が伝わる数少ない名工の一人だ。

『拾いもんだったのか・・・やっぱりなあ。』内心で己の目利きにほくそ笑みながらも襖絵の行く末にも心惹かれてしまう。

明日の予約をカレンダーで確認しようとしてパソコンの画面を開くと、メッセージが一件入っている。お店の予約用のアドレスではなく、個人的な連絡用のアドレスの方だったので、確認すると、差出人は同じアヤカシ仲間のぶんちゃんこと文車妖妃からのお礼のメッセージだった。

『こないだは同僚の京都観光の手助けを有り難う。着物のコーディネートも、散策コースの提案も凄くよかったと言ってました。そのうちまた、女子会を京都で計画しても良いよね。』この場合の女子とは、当然アヤカシ仲間の雌型をしている妖怪の会合のことである。人型を取って人間社会に溶け込んで生活しているアヤカシともなると、見た目の年齢などはある程度自分たちの好きに出来るうえ、個体としてのそれぞれの属性を現す『名前』ときたら婆だの女だのと娘らしさのかけらもない。だが最近の雑誌なんかを見ていても『女子会』という言葉には、すでに『参加者の性別が女性である』という以外の意味合いなど消えて無くなって久しいようだから、会合の呼称としてはやはり『女子会』以外に思いつかない。平均推定年齢300歳クラスの女子会、おそらく最高記録では無かろうか。前回私は都合がつかずに欠席したが、港町横浜で、カフェバーの店長をしているらくちゃんこと絡新婦のお店はなかなか良かったらしい。私も久々にみんなに会いたくなった。

『ご紹介いただいて、有り難う。楽しんでもらえたなら良かったです。たまには京都での女子会も確かに楽しそうだね。またみんなの都合の良いときにでも遊びに来て下さい。』そう返事をして、明日の予約客の着付けのコーディネートを支度してから休むことにする。

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