第4話 付喪神の館。

東寺から車を走らせること20分ほどだろうか。市内をほぼ南北に縦断して西大路通を進み、かの有名な金閣寺を通過してさらに奥まったところの住宅街の外れに、このあたりでは珍しく道路に面して前庭のある構造の古びた一軒家がある。建物の感じからして、おそらく古くはどこかの寺院の庫裡として造られていた物だと思うが、いつの間にか忘れ去られて建物ごと切り売りされてしまったようだ。前庭の部分に車を駐車するように指示をして、私は狭い路地を先に降りて誘導する。京の町は碁盤の目というイメージが強いが、市街地から少し外れた古い住宅地の奥には、こうした車一台が通り抜けるのがやっとな入り組んだ細い路地がまだ残されている。

「うわ。この奥に車入れるのか。」建物と建物の間に延びた石畳の路地を進むと、古い門柱が有り、その奥がぽっかりと開けている。車はそこで切り返して玄関先に駐車する。

敷地に建っているのは古びたトタン張りの屋根を持つ平屋で、入り口の扉は木製の建具という年季の入り様だ。はめ込まれたガラスをガタピシ言わせながら鍵を開けるとさっきからざわざわしていた建物内の気配が「シン・・・」となる。

「・・・ただいま。」警戒してひりつく気配が面倒なので、声を掛ける。途端に安堵のため息と共にざわざわした気配が戻ってくる。

「なんか思ったより賑やかだな、おい。」火車がキョロキョロしながら玄関を入ってくる。

「ここはいつもこんな感じだからね。」そう言いながら三和土で靴を脱いで、上がり、電気をつけて入り口のふすまを開ける。

「この部屋が寝泊まりできる部屋で、右奥の廊下突き当たりがトイレと洗面所。風呂場はあるけど使ってないから近所の銭湯使って。左の奥に一応台所はあるから、電気ケトルはあるから使って。ガスは引いてないから。」ガスを引いてないのは発火能力のある馬鹿たれがいるからなのだが、当人は人見知りでしばらくは出てこないだろうから、説明は省いておく。

「ふうん。まあ、寝袋敷けて、手足伸ばせるなら十分だ。」抱えた荷物を畳の上に置くと、少しホコリが舞い上がる。しばらく来ていなかったから、廊下の掃き出し窓を開けて換気しつつ、不織布のフロアワイパーを引っ張り出して軽く拭き掃除をしておく。私が掃除をしているあいだに火車は室内を一回り探検してきたらしく、ざわめきが一層盛り上がって「蜂の巣をつついたような」騒ぎになっている。

「奥の部屋、すげえな。よくあれだけ付喪神集めたもんだ。」騒ぎの元凶が戻ってきて寝袋の支度を始めながらニヤニヤする。

「古い町だからね。仕方なく回収しているうちにこんだけ集まっちゃった。」これでも、仏具の妖怪など話の通じるモノは葬儀社に勤めているアヤカシ仲間に引き取ってもらったりしているのだが。

「奥の部屋にある人形もやばいな。何体あるんだあれ。」火車が首をすくめながらニヤニヤする。

「あげないわよ。」この見た目で人形持ってたら、それだけですでに通報案件だ。できるだけ世間では目立たないように、というのをもう一度念押ししておかなくては。

 付喪神と言われる古い道具のアヤカシは、基本的に自力で移動することが不可能なモノが多い。(なかには輪入道や、片輪車などのように転がることが出来るモノも居る。)自力で移動できない彼らは大抵骨董市などに出品されて、彼方此方をさまよっているうちに、ついついうっかり怪現象などを引き起こして、持ち主に気味悪がられて処分されて消えていくという道をたどる。骨董市で普段着物を仕入れている私が付喪神に出会う確率は、やはりかなり高くて、何度か処分寸前のモノを救出したせいで何となく後に引けなくなってしまって現在に至るというわけだ。

「いつもこんなにざわついてたら、近所になんか言われねえの?」そういうあいだにも襖の向こうでざわざわガタガタと気配が賑やかさを増している。

「・・・みんな暇してるからね。娯楽と話題に飢えてんのよ。」普段はもちろん多少の話し声などが漏れて、近所の子供達(少子高齢化が進んで、年々少なくなっているようだが)の夏休み肝試しスポットにされる程度には遠巻きにされている。

骨董屋の倉庫だというのは近隣住民には説明済みなので、普段人気が無いのも納得してもらっている。むしろ、誰も使わない、手入れもしないで荒れ放題だったのをここまで修理して使ってもらえればというのが、元の地主の言い分だった。

「とにかく、近所には従業員だと言うことにしておくから、あまり目立つような行動はしないで。」すでに時間は遅いので、とりあえず近所の情報源的な位置にある銭湯の場所を、火車に案内しがてら番台の女将に挨拶を済ませる。

「・・へえ。インドからきはったん。」女将は火車の奇抜なドレッドヘアに最初かなりびっくりした様子だったが、海外からの帰国組という説明で、何だかすべて納得したようで、火車に向かって銭湯入浴時のルールを講釈してくれた。

「しばらくの間よろしくお願いしますね。」私が頭を下げると、どこから引っ張り出したのか火車もしっかり自分の所の商品のブレスレットを挨拶代わりに女将に進呈していた。なかなか如才ない。

「あらあら、これはまたどうもご丁寧に。綺麗やね、ありがとさん。」見た目上は比較的若い(ようにみえないこともない)男性にブレスレットをつけてもらって銭湯の女将は少女のように頬を染めて喜んでいる。これならばまあ、なんとか無事にしばらくは滞在出来るだろう。彼女はこの地域の司令塔的存在だから、機嫌を損ねないようにするのが肝要だ。ひとまずの挨拶を済ませて、最寄りのコンビニの場所も案内して(やはりドレッドヘアは店員さんにも驚かれたが)部屋に戻ると、玄関の上がりかまちに市松人形がぽつんと一人出迎えていた。

「どうしたの。」奥の部屋にいる人形達は、和洋問わずに自力での歩行が可能なモノが多いが、普段は並べている部屋からあまり出てくることは少ない。

「代表者。」可愛らしい作りの唇を皮肉げにゆがめながらぼそりとつぶやく。どうやら他の付喪神達に押しつけられたらしい。話し相手になって、火車から情報を引き出せと言うことのようだ。

「へえ。まあ、たいした事情もないけど海外の土産話くらいは出来なくもないな。」火車が面白そうににやにやしながら言うと、やはり娯楽に飢えているせいだろう、市松さんが目をキラキラさせている。しばらくの間は、話し相手も出来たし火車もおとなしくしてくれそうだ。

「くれぐれも町中で『食事』するとか騒ぎになるようなことはしないでね。」もう一度きっちりと念を押して、玄関の合鍵を渡してから、私は今日の戦利品の荷物を包んだ風呂敷包みを抱えて徒歩で帰途についた。私たちアヤカシは基本的に普通の人間よりも力持ちだし、疲れるという概念があまり希薄だ。なので徒歩での移動に不自由はあまり感じない。東寺の骨董市が終わるのが17時過ぎで、片付けてから市内を移動したので、なんだかんだで結局21時になってしまった。金閣寺周辺まで住宅街の中を徒歩で移動して西大路まで出る。観光客の姿はこの時間帯になるとやはり少ない。さすがにもうバスはないので不審に思われないように仕方なくタクシーを拾うことにする。

「すみません、大徳寺までお願いします。」金閣寺前ののロータリーに駐車していた客待ちのタクシーは暇だったのか文句も言わずに乗せてくれた。ひところ観光客で溢れかえっていたときは、態度の横柄さが目に付いたタクシー会社だが、やはり不景気なのだろう、行く先が近くても以前のように舌打ちをされるようなこともなくなった。

「はい、発車しますよ」Tシャツにくたびれたジーンズに風呂敷包みを抱えた、怪しい女が、夜遅くに寺まで行けという、何だかタクシー怪談のネタになりそうなシチュエーションに思わず微笑みながら、タクシーは北大路通を進む。バックミラー越しにニマニマする怪しい乗客に、運転手の表情が若干引きつっていたのは見なかったことにする。

「・・・おかえり。なかなか遅かったな。」玄関を開けて階段を上り、抱えていた風呂敷包みを下ろしてから電気ケトルのスイッチを入れてお茶の支度をする。さすがに一日うろうろしたので消耗を感じてとっておきの上生菓子と羊羹を準備する。気配を察知して茶器の龍が薄目を開けて声を出す。

「うん・・・火車が帰ってきたんだよ。」茶器の龍は火車とは直接の面識はないはずだと思いながらもそう報告をしておく。

「・・・・噂は、聞いてるな。・・・トラブルに、ならなければ良いがな。」火車の日本脱出の経緯はアヤカシ界の伝説になっているくらいの大騒ぎだったから、そういわれても仕方が無い。まあ、実際にそれらに巻き込まれるような形ではあるが、アヤカシが人間社会にどのようにして溶け込んで生活していくのか、パスポートや公的書類作成のノウハウやルールなどが作られるきっかけとはなったので、結果オーライな出来事ではあったのだが。おかげで人型をとれるアヤカシ達はそれぞれの生活に都合の良い仕事をしながら人間社会に溶け込んで生活している。まだしばらくは気の抜けない日々が続くだろうが、なんとか平穏無事にすむと良いのだが。

そんなことを考えながらしんみりとお茶とお菓子の甘味を味わう。

平穏無事な日常の生活、望んでいるのはただそれだけだ。

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