第3話   出戻るアヤカシ

話は昨日に遡る。

昨日はちょうど二十一日で、私はいつものように京都駅の反対側にある『東寺の弘法さん』に、仕入れに来ていた。毎月二十一日にはこちらの境内で開催される骨董市に足を運ぶのがいつもの日課だ。通り沿いの門をくぐって砂利の敷き詰められた、普段は駐車場として使用している所に並んだ様々な出店を、入り口から順番に覗いていく。

「いらっしゃいませー」大抵何故か入り口の方は食べ物や、手作り雑貨の店が多いようだ。古着屋もあることはあるが、せいぜい大正時代の銘仙や浴衣などのカジュアルなモノを取り扱っている。その他にも手作りのアクセサリーや鞄、作家当人による陶磁器の器の販売などもあちこちに混ざっていて、骨董市と言うよりは、フリーマーケットの様相を呈している。少し奥まったあたりには、ワゴン車でやって来て車の後部ハッチバックにそのままテントをつなげて商品を陳列するような店舗が、軒を連ねている。車両のナンバープレートが大抵遠方のことが多いので、そうした店舗には、なかなか珍しい出物がある。

「いらっしゃい。」ふと通りすがったそうした店舗の一つに、最近では珍しくなった印伝の帯が下がっているのに気がついて思わず足を止めると、奥の方から愛想のない老人が仏頂面を覗かせた。

「・・すみません、これいくらにします?」こういう場所では商品は一期一会、ピンときたモノは大抵会場を一巡りして戻った頃にはなくなっているモノと心得ている。

「ああ?これかい。・・・そうだなあ・・・。」骨董市に行くときに私が心がけていることが一つある。普段基本的に日常生活でも和服姿で通しているが、骨董市だけは必ず洋服で行くことだ。それもかなり若く見える見た目を逆手にとって、ペラペラのTシャツに膝の抜けたようなジーンズで。間違っても観光客や有閑マダムなんかだと思われたら足下を見てふっかけられるのは目に見えている。老人は私の服装を一瞥してから、つまらなそうに鼻を鳴らし、それでも一応手元の商品台帳を確認してから口を開いた。

「・・・二千円で良いよ。あんた若いのに渋いモン欲しがるね。」案の定小娘扱いだ。

「渋いですか?・・・なんか可愛いですよねこれ。」できるだけ軽そうに答える。実際には、この帯は生地の上から型紙を当てて色漆で文様をつけるという手の込んだ作りの代物で、今ではではなかなかお目にかかれないような逸品だ。きっとこの場にたどり着くまでにいろいろな場所を流れて行くうちに、素材や技法などの情報が忘れ去られてしまったのだろう。そうした商品の目利きが出来なかったのは、こちらの店主の勉強不足と言うことで、あえて教えてあげるようなことでもない。わたしはほくほく顔で、市場価格の百分の一相当で手に入れた帯を持参のリュックにしまい込んだ。

「ありがとさん。」これでも一応は客なので、店主の礼には会釈で答えて通路に戻り、再び冷やかしの旅に出ることにする。両脇に並んだテントの中には、それぞれの店主が得意とする商品が並べられているのが見える。昭和レトロを絵にしたようなブリキのロボットや、古いカメラ、昔はよく見かけたホーロー看板があるかと思えば、

それらの合間に古伊万里やらアールヌーボー調のガラス製品が並んでいたり、平ケースの中にずらりとアンティークジュエリーなんかを並べていたりもする。もちろん私の目的はあくまで自分の主食になるような古くて状態もよく、かつ曰く付きの品物だ。あちこちの店先を冷やかしながら、私は神経を研ぎ澄まして怪しい気配を探し続ける。曲がりなりにも寺院の境内なのだから、そうそう怪しいモノなど近寄れないだろうと、そう思うだろうか。人間サイドが創作してきた所謂アヤカシや物の怪の類いが出てくる物語などではよく目にする、『神仏の加護』という奴は、残念なことに存在しない。(現に今、アヤカシであるこの私は何の妨害も受けずに境内をうろついている。)数多ある祓いの言葉や、退魔の呪文など、それらはすべて何ら特殊な力も無い、単なる音の羅列でしかない。それらは主に、言語を理解する知能のあるアヤカシたちが、人間がこういう風に言ってるときは引き時だという『約束事』に基づいてそこから撤退しているだけのことなのだ。たとえどれほど丈夫なアヤカシであっても、あくまでも人間社会の便利さを享受していきたければ、それなりに配慮が必要とされるモノなのだ。そのほかにも、言語を理解できないタイプのアヤカシの対処法として、彼らに不快感を与えるような音の連なりというモノが呪文の中に組み込まれているらしいという噂は聞いた記憶がある。つまり、我々アヤカシに向かって塩だの抹香だのを投げつけてもせいぜいくしゃみが出るくらいだと言うことになる。ごく一部のアヤカシを除いて、基本的には皆、争いごとを好まないので、そうしたいわゆる『拒絶反応』が起きたら撤退という挙動が、我々と人間との共存を継続していく秘訣なのだ。

そういうわけで、いくつかの店で程よい状態の古い着物を何枚か入手して、めぼしいものもなさそうだと八幡宮の裏手からの出口の前に歩いて行くと、一軒の、カラフルなインド雑貨の店構えに目が吸い寄せられた。いや、正確にはそこの店主らしき人物から放射される気配に引き寄せられたと言うべきだろうか。テント自体はよくあるアウトドアメーカーの物で、その中に、ガネーシャ神像やシヴァ神などのインドの神々の彫像や、鮮やかな色とりどりなサリーなどの布製品、じゃらじゃらしたブレスレットやイヤリングなどのアクセサリー類がディスプレイされていると言うよりも並べて置いてあるという感じの店構えで、特に変わった物があるわけではない。

「おや。久しいな。」思わず足を止めた私の様子を見て、店の奥からのっそりと顔を出した店主は、目を細めてしばらく黙った後、そう言った。

「・・・やっぱり。いつ帰ってきたの。」妙な気配がすると思っていたが、やはり同じ古いアヤカシの仲間だった。日本を離れたのは確か終戦直後の昭和半ばだったと記憶している。当時もなかなかうさんくさい外見をしていたが、今は拍車がかかって、色黒な肌にまるで毛糸を束ねたようなドレッドヘアにサングラスという出で立ちだ。

おまけに短いあごひげまで生やして完全に日本人には見えない。

「先週帰国して、あちこちの骨董市廻って持ち帰った雑貨売り歩いてるところだな。」大して売れているようには見えないが、帰国して生業が何もないよりはましだろう。

「住処は、あるの?」余計なお世話とは思いつつ、巻き込まれても困るので、念のために確認する。私たちアヤカシは、基本的に普通の人間と異なり食費がほとんど必要ないので、仕事さえ持っていれば生活に困るようなことはほとんど無い。要はねぐらになるような場所さえ確保できればそれでいいのだ。

私たちのように人型を取って人間社会に紛れ込むことが出来るアヤカシは、それぞれ生活の拠点を確保するために必要となる身分証明書を、住処を移動するたびに用意しなくてはならない。人間と異なり、『外見上自然に年をとる』というような細かい操作ができないので、同じ場所にとどまることが出来るのはせいぜい十年。それ以上長居すると、大抵近所の人から『いつまでも若々しくて・・・』などと言う噂を立てられ始める。転居するときにはもちろん顔も名前もすべて変えて、身分証明書類ももちろん新しい物を用意しなくては、。『どうやってそんな書類が・・』なんて事は言いっこなし。そこはそれ、『蛇の道は蛇』で、私たちアヤカシのためにそうした書類を用意してくれるアヤカシの仲間が居るのだ。

それはさておき、私は、器物の妖怪である付喪神を保護するための建物をいくつか所有している。自力での移動がほとんど不可能な付喪神は、集まるほど保護するための場所が必要になってくるので、やむをえず使い切れずに貯まったお金で市内の寂れた場所にそうした避難場所を確保したのだ。寂れた場所をあえて選んだのにはもちろん、理由がある。周囲に人気が無い地域ならば、多少物の怪が騒いでしまっても、それほど恐怖の源にはならないからだ。聴く人が居なければ、真夜中に木魚が鳴り響こうが、下駄の走り回る音がしようが何ら問題は無い。せいぜいが通りすがりの人間に怪現象として語り継がれるぐらいのこと。語り継がれれば、より一層人払いになって安心というわけだ。

「住処、か。」やはり定住する気は無いらしい。そもそも火車がどうして海外へ脱出生活を送るようになったかというと、それはすべてこいつの『食生活』のありかたに、もっと端的に言うと、『食べ方が汚い』のが問題になったからなのだ。

火車の主食は、『人間の死体』だ。他にもアヤカシの仲間には人間を主食としているモノが多いが、皆それぞれが工夫してこっそりと一見して食べられたのが分からないように『綺麗に』頂いている。がしかし、火車にはそうしたやり方が出来ないのだ。そもそもが火車の語り継がれている性質として『死者の棺桶が空中に放り投げられて、残骸が道に散乱する』というものがあり、じっさいに火車のアイデンティティーとして、そこは譲れないらしい。戦国時代や江戸時代ならともかく、治安の行き届いた地域で死体がバラバラに散乱していたらかなりの大騒ぎになってしまう。

そんな感じで騒ぎになるのを繰り返していくうちに、人間側も対策を強化するようになり、火車もなかなか食事にありつけなくなっていき・・・と、どんどん肩身が狭くなっていった結果、治安の悪い地域や、紛争地帯を探し求めてたどり着いた答えがインドへの移住だったと記憶している。

「どこで寝泊まりしてるの。」余計なお世話だとは思いながらも確認するのは、自己防衛本能みたいなモノだ。火車は食事をしても、しなくても同じくらいの確率でトラブルを起こす癖がある。この近辺でトラブルが発生した時のために、火車の居所を把握しておくべきだろうと思ってのことだ。

「特にないな。宿も取ってない。車で寝てるな。・・・あ、風呂は銭湯でちゃんと入っているぞ。」慌てたように付け加えたのは、以前同じくアヤカシの仲間の絡新婦から叱られたせいだろう。彼女は清潔感にかなり厳しいので、アヤカシが人でないとしても身だしなみはきちんとするべきだという持論を展開するのだ。ドレッドヘアにヒゲという時点で多分十分叱られる見た目だとおもったが、そこは黙っておいた。

「・・・・よかったら付喪神の避難所として使ってる町家があるから、そこ使って。ただし、その近所での食事は厳禁だからね。」人気の少ない地域だとは言っても、京都の市内だ。死体が散らばって良いような場所じゃない。幸い駐車スペースもあるし、あまりにも人の出入りがなさ過ぎると、空き家だと思っていたずらする輩が出てくる。車が止まって電気が付いていればそれで十分だ。

「おう。分かった分かった。帰国前に紛争地域でしっかり食事してきたからしばらくは大丈夫だ。」にこやかにそう言って、火車はテントの奥から風呂敷に包んだ古そうな着物の包みを出してきた。

「宿代の代わりだ。持ってけ。」受け取ると、何となく血のにおいが漂ってきた。

何やら曰くありげな包みを持って、その後、しばらくの間境内の出店を物色して時間を潰し、店じまいが始まる時間帯に再び火車の所に戻る。

「おう。悪いな。しばらくの間だが、世話になる。」商品やたたんだテントなどが後部座席やトランクにぎっしり積まれた状態の、車の助手席に同乗して、私たちは付喪神のために所持している町家へと向かった。

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