エピローグ 私達の事情。


 霧崎邸の門をくぐり洋館に向かう車窓から、遠く人影に目を留めた。

 段下に広がる庭園。枝垂しだれ柳の木の下に、黒い背広姿の男性が居る。


「何してるんだ? あいつ」

「きっと、待っていたのよ」


 もしかしたら最初から。


「貴方はここで待っていて」


 車を止めさせて一人降りる。

「何で」と不満気な彼を押し留め、「私の事情よ」と唇に人差し指を立てて微笑んだ。

 

  *


「真次さん。ずっと見守ってくれて、ありがとうございます」

 

 穏やかで多彩に満ちた日本庭園に、たった一つ塗り潰すように黒色が際立つ。その絵のような立ち姿が視界に収まるように、少し離れた距離から声を掛ける。

 男性はパタンと本を閉じた。

 柳が風を受けその葉先だけが優美に揺れる。


「貴方に誤算なんて、嘘。だって私は、こうまでしないと気付けなかった。傍にいて欲しいのは、貴方の幻影じゃなくて彼自身だ、て。手段はちょっと恨みますけど――への代償なら、仕方ないですよね?」


「君は私を買い被り過ぎだよ、葉那君」

 真次さんは変わらない微笑みを湛えて云う。

「人の数だけ、真実はあるだろう。君は自分で見つけたんだ」

 

 吸い込まれそうな漆黒の瞳。光も全て閉じ込めて、広い庭園に――この優美な世界に、たった二人しかいない錯覚を引き起こす。


「ずっと、貴方の事が好きでした」

 

 きっとずっとを待っていた。

 この場所まで導いてくれた、私の理想の人

 もし貴方さえ「貴方」を演じているのなら


「貴方の真実は、何処どこにあるんですか?」


 ――この物語に幕を引いてください――


 願いが届いたようにその口元が微笑して、だんだん視界に収まらなくなって、嘘みたいに整った顔が――唇が、近づいて。

  

 あの日に始まった「私」の夢が今

 叶い、そして終わるのね  


 庭園があの日と同じように鮮やかに色めく。葉も花も実もその全ての彩りが一つとなって、とても綺麗。そっと瞼を閉じた。

 ――とん、と

しかし何かに阻まれて瞳を開ける。何もかも引き戻す白いシャツが目の前にあった。


「離れろ」


 威嚇の声にもしかしその人は流れるような所作を変えず、そのまま彼の額に――重なった。

「……ッてめぇ」

 ドン、と胸を突き放す。

 けれど真次さんは微動だにせず莞爾かんじと笑う。

此処ここにある」

 とても愛しげな眼差しで答えてくれた。


「私の家族――君達が、私の真実だ」


 あの日の恋の先には

 悲しみしかないと思っていた。

 叶わなかったけれど

 それよりずっと幸せな答え


  ――そう言えば夭輔、携帯電話が修理から戻ったみたいだぜ。

  ――何であんたが。修理なら長過ぎるだろ。

  ――お前が居留守ばかりだから、実家に届いたんじゃないか?


 似ていて違う二人

 想いが少しは通じたのかと思えば

 この人たちは未だに一方通行で

 真次さんだけが報われない


「貴方が悪いわ、夭輔――」


 笑って、二人の間に入って行った。


 恋や愛や

 これが、私達の事情。



            完




………………………………………………………

……後書き


青い二人の恋を見届け頂き、ありがとうございました♪

今後は番外編(その後とか裏側とか)を書いていきたいと思いますが、ゆっくりになると思いますので、ここにて一度結びとさせて頂きます。

感謝を込めて。


 川中 流(かわなか・る)



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