第14話 プールサイド・スキャンダル

 メモ書きを見て家を出た。


 ああ言われた直後だけど、やっぱり心配だ。

 葉那は不用心なところがある。

 この外国アメリカで、若い女が夜のスパに一人でいて口説かれない方が不自然だ。見張っておくのは紳士的な行動だと思う。


 きちんと髪を整え目に黒のカラーコンタクトレンズを入れる。こうしないと相手にもしてもらえない。さっきもそうだ。

 無意識のようだが態度が違うのは明らかだ。

 ――未だに彼女は父親あいつの面影を追っている。


 *


 一流ホテル内にある会員制のスパ。

 俺が密かに会員になっている事が知れたらきっと退会するので、財布の奥にカードをしまう。

 スパは広く平日のせいか人気ひとけも少ない。プールは勿論岩盤浴や数種類のサウナ、マッサージもあって南国風のリゾート施設になっている。通常、会員になるには一年待ちらしい。水着の女が通り際にウィンクしていく。女受けしそうな施設だが男も同じくらいいるのは施設の魅力だけじゃないのだろう。


 遠目に分かる、モデルのような存在感――

 あんな美人に話し掛けられるなら俺だって毎日通う。

 危惧した通り、葉那の浸かるジャグジーには不自然に人が偏っていた。舌打ちせざるを得ない。


 華奢な体は一分の無駄なく引き締まり、女性的な柔らかさも感じさせる。すらりと伸びた美しい脚。弾かれた水滴が反射して肌を輝かせる。日本人的な小柄さも相まって、大人と少女が混在する不思議な神聖さをかもしていた。

 身の程知らずの人夫達が集っても相手にされる筈もない――とも言い切れない。同年代は拒絶と言っていい程寄せ付けないのに、年輩になると途端に隙を見せる癖がある。特に父親くらいの年齢層。紳士さを期待しているようだが、男なんて下心にさして違いはない。


 植栽のヤシの木に紛れたプールサイドチェアから遠目に見張る。

 何の為か分からないがサングラスをしている奴は他にもいるので心なしの変装も目立つことはないだろう。会話は聞こえないが、何か話しかけられている。

 ――なんか、満更じゃないんだよなあ。

 知性的な彼女の色気は教養のある年配層、『紳士』気取りの輩を惹きつけがちだ。一輪の花に群がる虫どもをどう追い払おうか。 


「ハイ、ここいい?」

「……どうぞ?」


 パラソルを挟んで対になったリクライニングチェアに見知らぬ女が座った。

 他に空いている椅子は幾らでもあるので知り合いかと思って顔を思い出そうとする。人の顔が全然覚えられないから大学内でも困る事が多い。ただ知り合いは大抵職場関係だ。


「えーと、この間はどうも」

 ぷっと女が笑う。

「ええ、どうも。この間は楽しかったわ」


 ……何だっけ。パーティの類いは欠席してるし……


「彼女を狙っているの?」

 笑いながらジャグジープールの方に視線を向ける。

「まあ……」

「無理だと思うわよ」

「何で?」

「一目瞭然でしょ。社会的地位のある男しか眼中にないって感じ。確かに若い男に振り回されるよりも、お金持ちにちやほやされるのは悪くないかもね」

 思わせぶりに足を組み替える。

「でも私は、断然若くてハンサムな人ね。精力が違うし」

 女がウィンクして覗き込む。


「今夜私と遊ばない?」


「――分かった、お前初対面だろ」

「最初からそうでしょ」くすくすと女は笑う。

「あなた、面白いわね。手当たり次第にパーティに参加してるプレイボーイかと思ったら、意外と奥手な人なのかしら?」

「悪いけど彼女いるから」

「心配ないわ。私もデートしてる人は複数いるから」

「いや、駄目だろ」

「あなたもしかして日系?」 

「国籍の問題なのか?」

「いいじゃない……ブロンドの女は抱いた事ある?」


 女が首に手を回して来る。しまった。隣に座られた時点ですぐ移動すればよかった。こういうのはどう対応したらいいか分からない。


「いや、ちょっと……さっきの、俺の彼女だから」

「さっきの?」方を見ると最早誰もいない。少し目を離した隙に、と焦る。

「嘘が下手ね、アナタ。でもちょっと可愛いかも」 


 すり、と指が胸を撫でた――ことに驚く。こういう時は日本が恋しい。


「あなた可愛いから色々教えてあげるわ。多分そんなに経験ないんでしょ」

「心配される程じゃない」溜息を吐きながら肩を離した。

「ガール・フレンドがこんなところに来ているのを見ると心配しちゃうわね。こんなにハンサムなのに、余程下手なのかしら?」紅い唇が挑発する。

「新しいお友達ともうベッドインしたのかも」

「そんな訳あるか」


 やや突き飛ばすようにしてその場を去った。悪いと思ったが、それどころじゃない。

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