第6話 酩酊の謀らい


夭輔ようすけ、」

 父親は顔を綻ばせる。多忙だから無理はさせるなと念を押されたが、連絡をするとタクシーでも乗るかのようにすぐに国を跨いで現れた。


「嬉しいな、お前が俺を飲みに誘ってくれるなんて初めてだ」

「別に……」


 つくづく彼女が可哀相だ。この男の行動に時間も場所も関係ない。そこにいるのもいないのも自分の都合だけだ。昔から。


「ここの店主は日本の料亭出身で、中々いいものを出すんだ。適当にオススメを頼んでおいたから、お前も好きなものを頼め」


 と、勝手知ったように注文する。瓶から注いだ日本酒をグラスで渡しながら


「お前はどれくらい飲める?」

「結構」

「そうか、嬉しいな。同僚と飲むと最後はいつも一人になってしまうんだが、お前となら長い夜になりそうだ」

「同僚……仕事の奴とよく飲みに行くのか」

「まあ、他にも仕事上の付き合いで飲みに行く機会は多いな。特に今の国なんかじゃ水の代わりにウォッカが出て来るくらいだ」

「あんた……元気そうだな」

「ん?」

「乾杯……」

「ああ、乾杯。今夜は飲み明かそう」


 *


「だから……嘘だろ。母さんだけなんて」

「そう疑ってくれるな」苦笑いする顔を探る。

「母さんのどこがいいんだ」

「天使だろう」

「……阿呆なところ?」

「天使なのに夜はたまらないんだぜ」


 思わず顔を顰めた。そう言う話を息子の前でする神経が分からない。どこが紳士なのか、目が眩んでいるにも程がある。


「ところでお前、そんな話を振るって事は――誰かいい人でも見つけたのか?」

「……まあ」

「そうか! 嬉しいな。よし、もっと飲め」

「いや、いいからあんたが飲めよ……」


 酒をなみなみ注ぐと嬉しそうにしてぐいと一息に飲む。


「どんな人だ? お前が見初めたんだから相当いい人なんだろう」

「いい人ではない」

「いい人じゃないのか。どこが好きなんだ?」

「強がるのに脆くて……放っておけない」

「成る程」


 またとくとくと注いで差し出す。父親は唇を付けて微笑した。その自然な所作の艶やかさが嫌だった――彼女の見つめる姿が想像できる。


「そういう子が心を許してくれた時の本当の表情は、たまらなく愛おしいよな」

「まあ……俺に対してじゃないが」

「交際している訳じゃないのか?」

「未だ片思いだ……」

「そうか。だがお前が真摯に想えば必ず伝わると思うぜ。俺が女ならお前のような誠実な男に惚れたいものだ」

「俺は、誠実じゃない」

「そうか? そういう風に自分を責めるところが誠実だと思うぜ」

「……」

「何でも聞く」


 微笑する父親を見て、はあ、と溜め息を吐いた。


「あんたがもっと酔ってくれたら話す……」

「そうか?じゃあもっと飲まないとな」


 もう一升は空けているが、この呑気な薄情者を殺すつもりで飲ませても構わないだろう。素の姿を見て幻滅すればいい。

 



 *


「酔わせた」

「酔わせ過ぎじゃない?」


 彼女は少し睨んで、しかしベットに仰向けになる父親に駆け寄って衣類を緩めた。


「真次さん……」


 ぽろぽろと泣き出す。

「会いたかった……」

「う……」薄らと目が開けられる。「君は……葉那君……そうか」

「真次さん……私……」

 彼女の握る手が、包むように握り返される。


「息子を頼む……」


 微笑して、目を閉じた。






「ふっ、うっ、う……」


 一人眠る父親を残して部屋を出る。

 彼女は泣き続けたままだ。


「泣くなって……」

 頭を撫でる手が、ぱしりと叩き落とされた。

「酷いわ霧崎君……こんなの、あんまりよ……」

「お前の名前は出してない」

「言い訳しないで。貴方のせいでしょ……酷いわ……」


「終わったわ……貴方に持ちかけた私が馬鹿だった……」


 う、ひっくと子供のように泣く。

 いつも高飛車だった彼女の泣く姿なんて想像できなかったが、これまでの分を溜めてきたかのようにとめどもなかった。 


 傷付くことは分かっていたが、今は全部、涙を出して仕舞えばいいと思った。

 








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