おまけ(続きではありません)
春斗の心
「ほら、どうぞ」
「…………」
教室? 目の前にはトランプカードを2枚持っている沢城がいた。
いつもの動画で抜いて、寝たはず……これは夢?
俺の手元にも2枚のカード。
左右には沢城とつるんでいた男子2人。
あの時と同じ、皮膚がぴりつく違和感、カードを持つ感触も指先から伝わる。
正直、動揺している。
動揺しすぎて何もリアクションができない。
とりあえず頬をつねってみた。
結構痛い! 夢じゃないのか?
「春斗くん何やってんの?」
呆れたように爽やかに笑う沢城と、からかうようにニヤニヤしている2人。
お前らの目つき、気持ち悪さしか伝わってこないぞ。
顔面にクズって書いたA4用紙が貼られている、ように見えた。
不思議にも沢城だけは何も貼られていない……俺の目は、こいつをクズと認識していないんだろう。
命日になると必ず墓参りに来ていた。
いや、毎月亡くなった日付に墓参りに来ているとか、母親から聞いたことがある。
墓参りのあとはメシを食いにいったこともある。
大学が違ってもやたらと連絡してくるウザさ。
彼女を死に追いやった同士で同罪。
最悪な2人だ。
これが夢だろうが、現実だろうがどうでもいい。
クソみたいな罰ゲームをやろうとしていること自体くだらない。
床を擦る音が教室に響く。
カード2枚を机に放り投げる。
「っざけんなよ……」
間違いなく喉を重く、低く声を出した。
「え、え、春斗、どうした?」
「……こんなやつだった?」
沢城と俺を交互に見る2人。
カード2枚を持ったまま、沢城は爽やかに笑みを浮かべている。
相変わらず気持ち悪い奴だ。
「何が罰ゲームで告白だよ、相手傷つけるとか面白くねぇ。今すぐこんなのやめろ」
「…………心ちゃんを罰ゲーム扱いしてるから怒ってるの?」
「相手が誰だろうと一緒だ。一生トラウマ抱えて、大人になっても当時のことを不意に思い出してまた傷つく、そんなことも分からないのかよ、お前らは」
「は、はぁ? 別にそんな、なぁ、沢城」
慌てた様子の奴は沢城に謎の同意を求める。
「最悪、死ぬかもしれないんだぞ、沢城」
「………………ははっ」
渇いた笑いだけが聞こえる。
「それもそうだね。心ちゃんパニック障害みたいな感じだし、責められると苦しそうな顔してる。お父さんって穏やかそうなのに結構短気で横暴なんだってね」
こいつ、本当に心のことを調べてたのかよ、しかも高校生でそんなことまで。
当時の俺は全く知らなかった。
あとで、父親から聞かされたのに……。
「面白い反応も見られたし満足満足、じゃあ解散。また明日ね春斗くん」
沢城達はトランプカードを片付けてさっさと帰っていく。
そうだ、心は?!
廊下の窓に張り付いて中庭を覗く。
掃除を終えた雪原と……小柄で誰とも目を合わせられずキョロキョロしている心が、いた。
夢……?
生きてる?
心が、生きてる、誰とも目を合わせられない心が!!
夢なら覚める前に、現実なら……――。
いや、早まるな俺。
あそこに雪原がいる。
雪原は友達思いのフリしたややこしい奴。
中庭で心に声をかけたりしたらマズイ、しかも今の俺なら迷わず、確定で心を抱き潰してしまう。
そんなところを見せつけたら、心が嫌がらせを受けてしまう可能性がかなり高い。
それだけは避けたい。
アイツの告白を寂しさで受け入れた当時の俺を殴りたい。
全校集会の時のアイツは嘘だったのか、未だに分からないでいる。
学校の外で待つしかない……。
まだ来ないのか? 学校近くのコンビニから外を何度も覗く。
落ち着け、落ち着け、そういえば心の連絡先……懐かしい当時のスマホだ。
「あ」
そうだった、番号とID交換してなかったんだ。
懐かしい記憶が蘇る……――。
『とうとう心もスマホデビューかぁ、高校でやっとって意外と厳しいな』
『う、うん』
『早速連絡先交換するか』
『あ、あの、春斗君、あのね、あの、その』
『どした?』
『いやなこと、とか、楽しいこと……あったら直接、はな、話したい、かな』
『まぁそれもそっか、すぐ隣だしな』
俺はバカか!! 巻き込まれないようにしてくれたことに気付かず、何呑気に納得してんだ。
危ない、雑誌をぐしゃぐしゃにするところだった……。
窓の外を見ると、心の俯きながら歩く姿が見えた。
狭い歩幅、大きく見えるスクールバッグ。
化粧はもちろん、髪もいじったことがないやや丸みのある小さな横顔。
可愛い……かよ。
早足でコンビニを出て、
「心」「心ちゃん」
あれ? 爽やかな声とかぶったぞ?
ビクッと肩を震わし、心は驚いた様子でキョロキョロしている。
俺と横に並んでいるのは……沢城。
「なんだよ」
「心ちゃんと一緒に帰ろうとかと思ったんだけどねぇ、へーやっぱり」
「あ、は、春斗君……沢城君も……えと、あの」
「心ちゃんと春斗くんは仲良しなんだね」
「え、ち、ちが、あの、これは、その知らない、人で……う」
胸を押さえた心は、なんとか他人のフリをしようと頑張っているようだ。
苦しそうに眉を歪めている。
「お前には関係ない」
心の手を握って、さっさとここから離れた。
「あの、あの、春斗君、手が、み、みんなに、また……春斗君が」
「いいから」
手を繋いだまま家に入る。
母親も父親もまだ帰ってきていない。
心を部屋へ連れ込んだ。
ベッドに座らせる。
そして、そして、そして、心の控えめで小柄な胸部に顔を埋めた。
「え、あ、あ、な、な……へぁ」
心の体にまとわりついた酸素を思い切り吸い込んだ。
良い香りがする……懐かしいような、新鮮なような。
あぁ、もう夢なら覚めないでくれ。
昨日抜いたばかりなのに、もうガチガチで堪らない。
「ど、どうした、の、は、春斗君、あの、これ」
「会いたかった」
「えっ」
「毎日会いたい、同じ大学行って一緒に部屋借りたい。だからこれから毎日、学校終わったら俺の部屋で勉強しよう」
ぐりぐり胸に顔を埋め続ける。
「ひう、う、春斗君……くすぐったいぃ」
「無理、離れたくない、今日はもうこのまま泊まってくれぇえぇえ」
「こ、こわ、春斗君、こわいぃ」
怖いと言われ、離れた。
抱き寄せて俺の膝に座らせる。
「ごめん、ちょっと悪い夢見てて変に興奮してたんだ」
「悪い、夢?」
「心がいなくなる夢……見た」
照れとか知らない。
「だい、だ、大丈夫……だよ、一緒に、大学、がんばろう、でも私、こ、こんなんだから……迷惑、かけちゃうから」
「誰がなんて言おうが、俺は一度も迷惑だって思ったことない」
「……」
「もうなんていうか、心が愛おしすぎて、我慢できないし、今すぐ抱き潰したい」
「へぁ!?」
「けど無理強いはさせたくない、だから卒業まで死ぬ物狂いで我慢する」
それまでは毎晩心をオカズにして抜く……――。
ただ大学生男子が過去の話をするだけの短いお話 空き缶文学 @OBkan
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