現在
――……あの冬の出来事が一瞬で過ぎ去っていく。
思い切って声をかけるには十分な記憶で、俺は読書中の柳さんに近づいた。
「柳さん」
黒髪を後ろに結んだラウンド型のメガネの女性。
聡明でかなり冷淡な印象を受けた。
「…………」
聞こえていないか、無視か。
「柳さん、ちょっといい?」
「読書中、見て分かりませんか」
強い口調で突き刺され、怯んでしまう、が引き下がるわけにもいかない。
「読書の邪魔してごめん。謝りたいことがあって」
「……はぁ、なんでしょうか」
渋々だけど話を聞いてくれるようだ。
「さっき食堂で」
「罰ゲームのことですか?」
聞こえていたのか、少し調子を崩されてしまう。
「広い食堂で貴方達だけが騒いでましたから、声がよく通っていました。貴方が友人達を咎めている声も。なのに貴方が謝るんですか?」
「そりゃ俺も、あの中にいたんだから、なにをしようが加害者だよ」
「随分変わったことを言いますね。でも気にしないでください、ああいうのには慣れっこですから」
「えっ……慣れていいもんじゃないだろ、あんなの許しちゃいけない」
苛立ちの感情に身を任せて言ったら、柳さんは目を丸くさせていた。
「他人の人生が全て変わってしまうかもしれないのに、面白半分でやっていいことじゃない……だから、柳さん、慣れてるなんて言うなよ」
「ふっ」
鼻で、笑われてしまう。
「本当に変な人ですね。でも心配してくれてありがとうございます。貴方が友人を咎めたおかげで傷つかずに済みました」
硬い表情が少し柔らかくなったように微笑んでくれた、気がする。
柳さんは俺の後ろを指す。
なんだろうか、と、振り返ると友人達が気まずそうに突っ立っていた。
「は、春斗……マジでごめん」
「俺達が間違ってたよ」
「柳さん、ごめんな」
さっきまでの態度はどこに行ったのか。
まぁ反省しているなら別にいいけどさ、でも反省なんて誰だってできる。
全員でちゃんと謝罪をして、柳さんから許しを貰った。
とはいえ気まずいもので、友人達は特に会話もなく解散してしまう。
いいさ、元々ひとりぼっちには慣れてるもんでね、地味な人生だって上等。
強がりじゃない、その方が楽だった、と、無理に環境を変えた結果改めて思った。
マンションに急ぐ帰路の途中、スマホに通知が入ってくる。
ポケットからスマホを取りだして見れば、メッセージが1件。
液晶画面に俺の苦い顔が反射する。
「新しい恋人はできた?」
「いきなり呼び出してそれかよ」
周りの視線を奪うほど整った顔立ちの沢城が、喫茶店にいる。
地味な俺とは大きく違う。
わざと跳ねさせた髪型で、茶髪はさらに明るくなっていた。
「冗談、もうすぐ冬休みだからさ……ね」
俺は頷いて返事をする。
3年前のまま彼女のキョロキョロと忙しなく顔を動かす焦った表情が浮かび上がる。
何も言わず、コーヒーを1杯――。
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