加害者とは

 沢城の姿がなかった。 

 全校集会のあと、雪原さんはクラスメイトに付き添われて保健室に行ってしまった。


 あのリストは俺のポケットにしまってある。

 誰にも見せてはいけないもの、だと思う。

 教室に戻って、俺はまず沢城とよくつるんでいる1人に声をかけた。


「沢城、どこにいるの?」

「……え」


 暗い空気のなか、俺がいきなり声をかけたから驚いている様子だった。


「どこにいるのか教えて」

「え、で、でも、そんなこと言われても……」

「電話してみる?」

「最近付き合い悪いし、冬休み中も全然会ってないから出るかなぁ」


 そう言いながらも連絡を取り合ってくれた。


「……もう始業式終わったよ、どこにいんの? 同じクラスの春斗がさ、うん、え……あー分かった」


 通話が終わると、


「これ、アイツの番号、直接連絡くれってさ」


 電話番号を教えてもらった。





 ホームルームのあと、すぐに沢城に電話をかける。


『もしもし、春斗くん?』


 爽やかな声で語尾が上がる、反省や落ち込みは感じられない。

 

「沢城、話がしたい」

『現場近くの空き工場にいるよ、おいで、誰もいないから』

「現場……」

『事故現場、ちょうど向かい側の通りにあるボロい工場』


 歩いて行ける場所じゃない。

 一旦家に戻って自転車で向かう。





 昼過ぎの町通りは静かで、いつものような空気が流れている。

 歩いている姿もない。

 滅多に通らない道を進むと、5階建ての古いビルがあった。

 入り口と、非常階段には黄色いテープだけが貼られている。

 向かい側の通り、砂利の駐車場と半円状の工場があった。

 看板は錆びて、剥げて、文字が読めない。

 工場の入り口は扉がなく誰でも入れるようになっている不用心な状態。

 自転車のブレーキ音、靴と地面が擦れる音がハッキリ聞こえる。

 中に入ると空っぽ。

 機械や家具類一切ないただの空洞になっていた。

 沢城の姿は……真ん中にはいない。

 隅を探す。

 目線を壁伝いにして探す。

 壁際に自転車があった。

 埃を気にせず側で座り込んでいる沢城。


「沢城」


 近づきながら呼んだ。


「…………」


 スマホを黙々と眺めている。


「沢城!」


 強めに呼んだ。


「………………」


 よく見ればイヤホンをつけている。

 爽やかに、懐かしむように目を細めて動画を観ている沢城に対して、何も感情が湧いてこない。

 目の前に立ち、無感情でイヤホンをはぎ取った。

 一瞬驚いたような表情で見上げてきたが、すぐに「あぁ」と呟く。


「春斗くんも観る?」


 ふざけたような、くん呼び。

 スマホを持った右手はひらひらと俺の前で動く。


「そんなのより、訊きたいことがある」

「心ちゃんの動画なのに? しかもハメ撮り、可愛いく撮れてる、顔もあそこも、声も」


 やっぱり……。

 動画を撮るなんて、こいつはマジで気持ち悪い。


「拡散しようと思ったんだけどさぁ、あんなことになっちゃったからね。萎えちゃった、今はオカズ用」


 もとはと言えば沢城があんな罰ゲームを提案しなければよかったんだ。

 そうすれば傷つかずに済んで、今も隣にいて受験勉強して、一緒に大学でどう過ごすか話せていたのに……――。


 なんて綺麗ごとを口に出せず、頭の中でぐるぐるまわる。


「……なんで心の頼みを聞いた?」


 沢城は埃を払いながら立ち上がった。


「んー気分、かな」


 最悪だ、お互いに。


「隣に住んでる幼馴染くんより、俺の方がよく声かけてたしね。そりゃそうなるでしょ」

「…………」

「酷い事したのは認める、でもさ、俺だけが原因じゃなくない?」


 痛いことを言う。

 分かってる、分かり過ぎて立っているのが辛くなる。

 あの瞬間、完全に死んだ。

 罰ゲーム扱いされて、俺を含めて誰も彼女を助けようとしなかった。


「周りは無視するか遠くで同情しかできない。雪原もそうじゃん」

「はぁ? なんで、雪原さんが」

「知らないの? 君と付き合いたいから、心ちゃんに近づいただけの女だよ、あいつは。見た目可愛い奴に告られて舞い上がってんじゃ、ねぇ? 心ちゃんもショックだっただろうなぁ、もしかしたらそれが決め手だったかも?」


 何も言い返すことができない。

 殴りたい、こいつも俺自身も、殴りたくて仕方がない。

 殴るだけじゃ足りないくらい、潰したい。


「春斗くんはもう心ちゃんのリスト、見たの?」


 黙って紙を取り出す。


「それそれ。あれ、文字塗り潰してる」


 ということは、あの晩の間に修正したのか。

 沢城はやることリストの紙を眺めたあと、鼻で笑った。

 同じように眉を歪めた。


「死ぬことないじゃんね? 俺と付き合えばよかったのに」

「はぁ? お前が罰ゲームで返事聞く前に振っただろ!」

「昨日、動画撮る前にちゃんと告ったんだ。でもフラれちゃった」


 数秒後、沢城は力を抜いて微笑んだ。





「動画、送ってあげる。ID教えて……じっくり最後までみてよ」






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