■■

 結局、眠れなかった……。

 心は自立しようとしているのかもしれない、できることをして強くなる準備をしている。

 そう勝手に解釈するしかなった。

 朝を迎えて、メッセージが届く。

 名前は『真美』と表記されている。

 あー……雪原さん、だっけ。

 受験勉強を図書館でしよう、という誘い。

 寝てしまいそうだ。

 まぁでも断る理由もないし、行こう。




 図書館で待ち合わせ。


「お待たせ、春斗君」

「あーうん」


 雪原さんは辺りを見る。


「そういえば心ちゃんも進学するの?」

「え、あーうん多分」

「訊いてもいつもはぐらかされちゃうから、一緒に勉強しようって誘っても断られるから就職なのかなって」

「家が近所なだけだしなぁ、ごめん、よく分からないかな」


 目を逸らしてテキトーに答えた。


「心ちゃんも同じこと言ってた」

「……ははぁ」


 笑って誤魔化す。

 他人のフリをしているのは変わらない。


「ふぁ……あー」


 大きな欠伸をしてしまう。


「夜更かししてたの?」

「まぁうん、眠れなくてさ」

「だったら尚更寝ちゃうかも、それなら眠気覚ましに歩いてカフェに行こうよ」

「あー……そうしようかな、ごめん」

「ううん、私も急に誘ったから気にしないで」


 優しいなぁ、雪原さんが心と同じクラスだったらあんなことにならなかったかもしれない。

 沢城達に絡まれなくて済んだのにな……。

 冷たい空気に頬が痛く、少しだけ眠気が飛んでいく。

 カフェなんか滅多に行かないからやや緊張気味になる。

 雪原さんにまかせるしかない。

 注文の流れも、おススメのドリンクや軽食も全部おまかせ。

 ふと、窓際の席に顔を向けると見たことがある爽やかなイケメンがいた。

 あのジャケット、間違いなく沢城だ。

 珍しく1人なのか黙々とスマホをいじり、時々ホットコーヒーを飲んでいる。

 一気に気分が悪くなる……。


「沢城君だね」


 小声で雪原さんが言う。


「あー……うん」

「場所、変えよっか?」

「いや、大丈夫」


 別に見なきゃいいことだ。

 来年の受験のことや、春休みはどこかにデートするとか、そんな話をして時間を過ごす。

 会話の間に何度か母さんからメッセージが届いていた。

 何時に帰ってくる? という内容ばかり。

 用事でもあるんだろうか、かといって電話じゃないし急用でもなさそう。

 雪原さんに断りを入れて、返信しておく。

 

「また明日学校でね」

「うん、また明日」


 お昼前に解散した後、母さんにもう一度メッセージを送った。

 帰宅すると、


「春斗、リビングにおいで」


 父さんの声が聞こえた。

 リビングに入った瞬間、空気が重く変わったような気がした……。

 母さんはずっと俯いている。

 父さんは口を堅く閉ざして座るようにイスを指す。


「ど、どうしたの」

「あのね、春斗……あのね」


 母さんは言葉を詰まらせた。


「俺と春斗で話す」


 小さく「ごめんなさい」と喉を震わせながらリビングから出ていく。


「え、あ、な、なに?」


 全然違う、怒っているわけじゃない、ただただ痛いくらいに重い。


「春斗……いいか、しっかり聞いてほしいんだ。隣にいる心ちゃんのことなんだが……今朝な、5時半前に……――」















――……父さんがなんて言っていたかハッキリ覚えていない。


 気付いたら心の部屋に来ていて、引き出しから少しはみ出している紙切れに手を伸ばした。

 鉛筆やボールペン、サインペンで何度も書き殴った、心の筆跡を読んだ。


『卒業までにやりたいことリスト』


 化粧をする(雪原さんに頼んでみる、ダメなら動画を真似する)

 髪型を変える、染める(美容室)

 お母さんと話す(お父さんのスマホから電話をかける)

 友達と遊ぶ(カラオケとか、色々)

 ■■君と手を繋ぐ、■■君とキスする、■■君とセックスする、■■君に■■すること、サインペンで塗りたくられ誰のことなのか分からない。

 沢城……だったのか? それとも他の誰か?

 最後以外はレ点が入っている。


 ■■君に■■する……ができなかった、ということ。


 紙は、所々濡れたような痕がある。





 3学期の始まりは重々しい全校集会からだった……――。

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