その紙は……
「ちょっと春斗、心ちゃんが化粧始めたんだって!」
我が娘のように喜んでいるのか、母さんは前のめりになっている。
「えーあーそうみたい」
「もともと可愛いけど、化粧したら綺麗になっちゃってさぁ」
「……あっそ」
「なによー素っ気ないわーそんなことしてたら誰かに取られちゃうわよ」
心が化粧を覚えた。
何の為に、沢城達を見返す? 強くなる為にか?
アイツが分からなくなってきた。
1週間以上、会話をしていない。
思い切って心に訊いてみるべきだろうか……。
「……」
とりあえず玄関の前に来てみた。
どうしよう、なんか入りづらい。
「あれ春斗君、こんにちは」
「え、あっ! ども」
心の父親が帰ってきた。
メガネをかけた細身で背が高い人。
物静かで優しく笑ってくれる。
「どうぞどうぞ、遠慮せずに入って」
タイミングがいいんだか悪いんだか、強引に招かれた。
背筋が冷たくなるほど緊張している。
「最近、心に何かあった?」
靴を脱ぎながら、ごく自然、世間話のように訊かれてしまう。
「え、い、いや、何も」
「最近、雰囲気が変わったんだよ、なんていうか、人形みたいに」
人形……。
「まぁ私の考え過ぎかな。春斗君には小学校の頃から世話になってるね、無理して相手する必要ないから、自分のしたいことをするんだよ」
別に、無理していない。
たまにこの人の言葉が引っ掛かってしまう。
「は、はぁ」
2階の部屋、扉を叩いた。
『はい』
返事に、一呼吸してから扉を開ける。
机に置かれた小さい鏡を見つめている心がいた。
他にも化粧道具が何点かある。
「あー……おう」
「春斗君、こんにちは。どうしたの?」
「え、あー暇だから、来ただけ」
真っ直ぐ。
いつもの心じゃない、それだけで胸がぎゅうぎゅうと何かを詰め込まれたように苦しくなる。
情けないほど会話を避けていたのに彼女は微笑む。
床に座り、あぐらをかいて横を見た。
「なんで、化粧始めたんだ?」
イスから俺を見下ろす。
「うん、やってみたかったから」
単純な答え。
心は続ける。
「他にも色々、やってみたいこと沢山あるの」
「……やってみたいこと?」
「ずっとビクビクしてるのってバカみたいだなぁって、だからやりたいことをするの」
引き出しを開けて、1枚の紙を手に取る。
ジッと紙を眺める横顔。
なにが書いてあるのか、いつもなら訊けることなのに喉が締まる。
彼女の考えていることが全く分からない。
同時に頭を過る、いつもの誰とも目を合わせず、キョロキョロして、化粧なんてしない心が良かったなって……――。
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