化粧

 まず、心は真っ直ぐに挨拶をした。


「おはよう」


 躓かず、すらすら言う。

 立場が逆転したように周りが戸惑っている。


「あいつ、どうしたん?」


 いつも一緒にいる大人しいグループの友人がこっそりに訊いてきた。


「いやぁ、なんだろ……分からない」

「なんか沢城達に酷い事、されたんだろ? みんな噂してたし」


 その達に、俺も含まれているんだろうか……。

 沢城のグループは平然と話しかける。


「どーした、なんか変な物でも食べた?」

「昨日沢城に振られたんだろ、無理に決まってんじゃん」


 爪が食い込むくらい、俺の拳が震える。

 情けないと思う、標的にされたくないから大人しく他人のフリをしている自分に対して殴りたくなるが、どうしても動けない。


「うん、ありがとう」


 心の微笑んだ「ありがとう」が教室を静かにさせた。

 からかう沢城のグループも、いつもと違う様子に困惑している。

 教室に入ってきた沢城。


「おはようー」

「あ、おう」


 みんなぎこちなく挨拶を返す。


「おはよう沢城君」

「ん? あぁ……おはよう心ちゃん」


 真っ直ぐ挨拶をする心に、少し間を空けて挨拶を返す。

 それ以上の会話はなく、心は教室から出ていく。


「沢城、やり過ぎたんじゃね?」

「えーそうかな、ちゃんと謝ったし、まぁ、ショック療法だったんじゃない?」


 あんなの謝罪に入るわけない、しかもなんだよその言い方。


「ちょっと、トイレ行ってくる」


 友人にそう伝えて教室から出た。

 どこに行くのか気になって尾行してしまう……。

 心は隣の隣にある教室へ。

 別の教室に行くなんて、一体どういうことだ?

 廊下の窓に寄ってスマホを操作するフリしながら別教室の入り口近くで聞き耳を立てる。


「あれ心ちゃん、おはよう」


 昨日心と一緒に掃除当番で中庭にいた女子だ、化粧がどうとか言ってた気がする。


「おはよう、あの、昨日のことでお願いがあって……」

「昨日の? もしかして化粧のこと?」

「うん。一度、やってみたいなぁって思ったの、だから教えてください」


 どう、した?


「……心ちゃん、うん! 今度日曜日にメイクの仕方教えるね」

「ありがとう」


 約束まで取り付けて、心はただ真っ直ぐ教室から出てきた。


「あ」

「あ、春斗君」


 俺と、目が合ってる……。

 不自然なくらい真っ直ぐ。

 喋ることができなくて、気持ち早めに歩き、教室に戻った。

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