血の流れる先には

「っ!?」


 周囲からもノリノリな黄色い悲鳴が上がっていることから、ボクの勘違いではないらしい。

 今ボクは公衆の面前で、ひーくんに後ろから抱きつかれているようだ。


「……ひーくん?」


 ボクの気付かない内にリクエストがあったのだろうか。


 普段だったらこんなことを人に見られながらするのは羞恥に耐えられないけれど、今はコスプレ中である。

 こんなボクでも少しはもーもんになりきっており、少しでも良い構図を模索するべきだという自覚もある。


 周りから見ればむーらんがもーもんを抱きしめているのなら、そんなの興奮しない方がおかしい。

 しかも、むーらんのコスプレをしているのはあのひーくんだ。


 後で周りの人に撮影したものを共有してもらえないかお願いしてみよう――そんなことを考えているボクの耳に、ひーくんの申し訳なさそうな声が入ってきた。


「ごめんね、ぬいくん……おさまるまで、少しだけ背中貸して?」

「……うん?」


 その言い振りから察するに、これはリクエストではなくひーくんの都合によるものらしい。

 しかし、おさまるとはいったいなんのことだろうか。


「……っ?」


 少しの間を要した後に気付いた。

 ボクの背中に、硬いモノが触れていることに。


「ぅっ……ぁっ……ぇっ?」


 そして理解した。

 後ろから抱き着いたのはあくまで結果であり、ひーくんの目的はそれを隠すことだったのだと。


「っ……」


 それはあくまで生理現象であり、本人の心情とは関係無しに起こることを同性であるボクはよく知っている。

 したがって、こんな状況でそういうことになるのも決してありえないことではないし、ひーくんを非難する気持ちもない。


 だけど、今だけはまずかった。

 ひーくんではなく、ボクの方が。


「ぁっ……やっ、やばっ……っ!」


 頭ではわかっている。

 今はそういう状況ではないのだと。


 心は拒絶している。

 今だけはそれは避けなければならないと。


 しかし身体は――


 ――身体だけは、ひーくんのが硬くなることの意味をはき違えて憶えてしまっていた。


(だっ……だめっ……やめてっ……お願いだからっ……!)


 必死に心の中で自分に言い聞かせたところで、それは生理現象だから、遅延にすらなってくれない。

 頑張って体に力を込めたところで、血液の流れには干渉できない。


 今までひーくんに愛してもらった分だけ、甘やかしてもらった分だけ、ボクの身体に刻み込まれているものがあって――


 ――結果として、ボクのもひーくんのと同じように反応し始めてしまっていた。


 不審な行動なんて何一つとしてできない、衆人環視の真っ只中で。

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