昨晩のお楽しみの跡

「ん……ふぁっ……」


 ボクは目を覚ました。


 ひーくんに起こされたのではなく。

 目覚ましが鳴っていたのでもなく。

 自然と、穏やかに、瞼が開いた。


「…………朝」


 まだ目覚ましが鳴る前の時間。

 カーテンの隙間からの朝日も弱々しく、社会人が起きるには少しだけ早い時間。


 起きた直後なのに夢の記憶が無い。

 つまりはそれくらいに気持ちよく眠れたということであり、睡眠時間は短いはずなのに頭ははっきりとして冴えていた。

 体が軽くなったかのような感覚すらある。


「っ……でも、やっぱりしてはいるんだよね……」


 ボクの体に残っているひーくんとの蜜事の跡。


 ひーくんの大きいモノを咥え込んでいた部位には痛みが残っている。

 手を当てれば、ドロリとした白い液体が指に付着する。


 体だけではなく脳もそうだ。

 眠る寸前のことは明確に、目を瞑れば思い出した快感で身が震えるほどに覚えている。


「ひーくん……」


 ひーくんは傍でまだ眠っている。

 安らかに、幸せそうに、ぐっちゃぐちゃになった布団の上で。


 後片付けなんて期待していた訳じゃない。

 ただ、事前にボクがバスタオルを敷くなどしておくべきだったと、もう何度目かの後悔が頭を過った。


 期待し始めるとそれ以外の事に頭が回らなくなるのは、ボクの恥ずかしい癖だ。


「布団干さないと……でもお風呂も入らないとだし……」


 早く目が覚めた事によって、家事に回す時間が増えたと喜ぶべきか。

 せっかく早起きしたのに家事に時間を回さないとならないと嘆くべきか。


 どちらにせよ、出社の準備を考えるとあまり余裕も無い。


 寝室の片付け。

 入浴。

 朝食とお弁当の準備。

 身支度。


 食事関係はコンビニで済ませることもできるけれど、昨日贅沢をしたばかりなのだからあまりお金を使うわけにもいかない。

 節約というのは時間を払ってお金を得る行為だというのをこういう時に実感する。


「まずお風呂……いや、体洗う前に片付けちゃいたいな……でも、それにはひーくんに起きてもらわないと……」

「……」

「ひーくーん……」

「……」

「……いっか。先にお風呂入っちゃおう」


 体を綺麗にした後にこの部屋の匂いが移ってしまったらと思うと憂鬱だけど――

 もしもそれを会社の人に指摘なんてされたらと思うと穴に埋まりたくなるけど――


 ――でも、ひーくんの顔を見ているとこのまま寝かせてあげたくなってしまう。

 ――ボクを甘やかしてくれた分、ひーくんを甘やかしたくなってしまう。


 もしかしたらボクがこんなだから、ひーくんは働いてくれないのだろうか。


「……片付けはちゃんと手伝ってよね。ふたりで汚したんだから、ふたりで片付けるんだからね」

「んー……」


 すやすやと眠るひーくんを寝室に置いて、ボクはお風呂場へと向かった。




 その後、ボクがお風呂を上がった後もひーくんは眠っていて。

 なんなら、ボクがいくら起こしても起きなくて。

 結局、ボクはひとりで後片付けをすることになった上に。

 見送りもしてもらえず、ひとり寂しく家を出ることになったのでした。


「絶対働いてもらう……。今日は帰ったら、まず最初にアルバイトの話から絶対にする……!」

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