嫌よ嫌よも

「ぬいくん」


 気持ちよさに身を任せて微睡んでいたその時、ひーくんの声がボクの意識を引っ張り上げた。


「ん……なに?」

「今日はこのまま寝ちゃう? お風呂は?」

「……お風呂は、明日の朝入る」

「そっか」

「……」

「……」

「……」

「……それじゃあ、寝る?」


 少しだけ沈黙を挟んで、ひーくんはボクに訊いた。


「……」

「……ぬいくん?」

「……寝るよ。明日だって仕事だもん。夜ふかしなんてしてられないもん」

「そっか~……」


 心臓の音がとても大きい。

 ボクの心が動揺しているから、その揺れが身体中に波及している。


 ひーくんにこの心臓の音は伝わっているのだろうか。

 相反する気持ちがせめぎ合って、とても息苦しい。


「でも――」

「っ」


 ひーくんが口を開いた瞬間に、少しだけ体がビクッと震えた。

 次に紡がれる一言一句を聞き逃すまいと、神経が勝手に集中してしまう。


「僕は、まだ寝たくないなぁ」

「……それなら、1人で起きてれば? ボクはもう寝ないとだから……」


 震えそうになる声をなんとか抑えて、ボクは素っ気のない態度を演じる。

 もしもひーくんがボクの言葉を真に受けてしまったらどうしようと、心をビクつかせながら。


「えー、ぬいくんも起きてようよー。僕まだ寝たくないよ~」

「だから、ボクは明日の朝も早いんだって。ほら、離して」


 ぐいぐいと、弱々しい力でひーくんの腕を押し退けようとする。

 アルコールのせいで本気の抵抗はできませんと言い訳をしながら、ひーくんの温もりに甘えている。


「む~」

「わがまま言っちゃダメだよ、ひーくん」

「……じゃあ、僕もぬいくんと一緒の布団で寝ていい?」

「っ……だっ、ダメだよ! そしたらひーくん寝かせてくれないでしょ!」


 ボクの声色はちゃんと嫌がれているだろうか。

 ボクの口はにやけたりしていないだろうか。


「大人しく寝るから~。ほら、一緒にお布団行こ~」

「だっ、だめっ! ダメだって!」


 食べ終わった容器をテーブルに残して。

 寝巻きに着替える暇も許されず。


 ボクの体は軽々とひーくんに抱えられ、ふたりの寝室へと連れて行かれた。


「さっ、ついたよー」


 優しく、まるで赤子でも扱っているかのように、ひーくんはボクの体を布団に寝かせた。


「っ……ひーくんは、そっちの布団だからね!」

「どうせ隣なんだから、一緒の布団でもそんな変わんないって~」

「変わるの! とにかく、ボクは明日のためにも早く寝ないといけないんだから! 絶対に今日はしないからね! おやすみ!」


 それだけ言って、ボクは強引に布団を被った。

 見せかけだけは、全てを拒絶するかのように。


 布団越しにひーくんのおやすみの声が聞こえて、明かりを消す音が聞こえて、そして、静寂が訪れた。


「っ……っ……」


 心臓の音がとても煩い。

 期待と焦燥と不安で、身体中を血液が駆け巡っている。


 まだか、まだか、と。

 今にも破裂しそうな体をなんとか抑えながら、その瞬間を待ち侘びる。


「はっ……はぁっ……」


 そのうちどんどん不安が勝ってきて。

 ちょっと素っ気なくしすぎたかもとか、もっと優しく言うべきだったかもとか、そういう後悔が膨れ上がってきた頃。


「ぬーいくーん♪」


 ようやく、ボクの布団の上にひーくんがのしかかってきてくれた。

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