もあもあもあ

 ゲーム実況を眺めながら、ひーくんとふたりで遅い夕食にありつく。


 遅い時間に食べると目覚めが悪くなるのだけれど、こんな時間まで残業させられたのだから仕方ない。

 夕飯を食べない選択もあったかもしれないけれど、残業させられた上に夕飯まで抜きなんて耐えられない。


 全て会社が悪いのだ。

 そんな気持ちでお弁当をかっこんでいると、ひーくんがこっちを見ているのに気づいた。


「な、なに?」

「んー? んー……ぬいくん、大丈夫かなって」

「だ、大丈夫って、何が?」

「お仕事、何か辛いことあった?」

「……別に? お仕事が辛いのなんて、いつものことだよ」

「そう? それじゃあ、ぬいくんは毎日がんばってるんだね~。えらいえらい」


 ひーくんの大きな手が、ボクの頭をよしよしと撫でる。


 食事中に髪を触るなんてお行儀が悪いことだけれど。

 アルコールが回り始めた頭ではそんなことも考えられず、ボクはただされるがままでいた。


「今日はどんなことがあったの? またいつものいじわるなおじさんにいじめられちゃった?」

「イジメなんて、そんな大袈裟なことされてないよ……ただ」

「ただ?」

「っ……ほんと、おじさんってすぐ自分のミスは棚に上げるから困っちゃうよね……! そもそもは自分が教え忘れてただけなのにさ! それをあたかも気づかなかったボクが悪いみたいに言ってきてっ……もうっ!」

「そっか。ぬいくんはおじさんのミスを代わりに被ってあげたんだね」

「そう、そうなんだよ! しかも、こんな遅い時間まで残業してさ! 残業代が出るからいいよねとか言ってたけど、そのお金を出すのは会社な訳で、自分が出してる訳じゃないのに、恩着せがましい言い方までしちゃってさ!」

「良い子だねぇ、ぬいくんは。まだ新人さんなのに、上司のおじさんのサポートまでしてるんだねぇ」


 どんどんと吐き出される愚痴。

 それらをひーくんは真摯に聞いてくれる。

 嫌な顔を一つもしないどころか、ボクの気持ちに寄り添って、肯定して、褒めてくれる。


 それはとても気分が良くて、疲れた心には中毒性が高くて、気づけば日を遡ってまで愚痴を吐き出していた。


 手段と目的が入れ替わってしまったかのような。

 愚痴を吐き出して癒されたいのではなく。

 癒されたいがために愚痴を探しているかのような。


「ぬいくんは偉いね~。僕はぬいくんのこと大好きだよ~」


 どんなことを言っても、ひーくんはボクの欲しい言葉をくれる。

 ボクが言って欲しい言葉を言ってくれる。


 ずるい。

 本当にずるい。

 こんなんだから、働きもせず、家事すらもしないひーくんから、ボクは離れられずにいる。


「いい子だね~。ぬいくんは働き者で、真面目で、とってもいい子。今日もお疲れ様」


 いつの間にか食事はすっかり終わっていて。

 お酒も一本空けてしまっていて。


 ボクはひーくんの胸に抱かれていた。


「……」


 なんでこんな体勢になっているのか。

 すっかり酔っ払ってしまった頭では思い出すことも出来なくて。


 それでも、仕事で荒んでいた心は今ではすっかり穏やかになっていて。


 ひーくんの声と、背中をポンポンと叩く手が心地よく、ボクは赤ん坊のように甘え続けてしまった。

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