パワーオブオサケ
「ねえ、本当に一本だけしかだめ?」
「だーめ! 明日だって平日でお仕事あるんだから」
ただでさえボクはお酒に強くない。
ひーくん曰くただのジュースな缶カクテル1本でさえ結構ぎりぎりなのだ。
2本も飲んだら明日の朝が辛いことになるのは目に見えている。
「僕は明日も何も無いし、お酒にも弱くないんだけどなー?」
「そりゃ、ひーくんはそうだろうけど……」
「ねーえー、ぬいくーん。もう一本だけでいいから買って来てよー」
猫撫で声で甘えてくるひーくん。
おねだりどころか、ボク一人に買ってこさせようとするのは、いくらなんでもどうかと思う。
「……あんまりわがまま言ってると、そのお酒も没収しちゃうよ?」
「それじゃあ、かんぱーい♪」
ボクの機嫌を察知したのか、急に物分かりが良くなった。
こういうところは、本当に甘え上手だと感心すらしてしまう。
「乾杯って、何に?」
「ぬいくん今日もお仕事がんばってお疲れ様のかんぱーい♪」
「えー? そんなこと言っても、ひーくんはボクががんばったかどうかなんて知らないでしょ?」
それは、少し良くない態度だったかもしれない。
今日ボクが仕事をがんばったのは紛れもない事実で。
労って欲しいと思ってしまうくらいに疲れているのも事実だけれど。
ずっと家に居て、仕事もせず、家事すらもまともにしていなかったひーくんに、ボクの何がわかるんだって思ってしまって――
――そんな感情が先走って、ボクはひーくんに甘えてしまった。
「……実は、テキトーに手抜いて仕事してたりして――」
「そんなことないよ」
頭の上にぽん、とひーくんの大きな手が乗った。
「ぬいくんはいつもお仕事がんばってて偉いよ。ぬいくんのおかげで、僕は美味しいご飯がたくさん食べられて幸せだよ。いつもありがとうね」
「っ……」
子供じゃないんだし。
こんな頭を撫でられて褒められたくらいで涙ぐんだりはしないけれど。
だけど、会社での酷い日々とのギャップのせいだろうか。
少しだけ心が軽くなったような気がした。
「泣いちゃった?」
「泣いてないよ!」
「そう? でも、泣きたい時はいつでも泣いていいからね。僕がぬいくんのこと受け止めてあげるから♪」
まるで冗談かのように笑いながら、ひーくんは強引に乾杯をしてきた。
きっと嘘でも冗談でもなく、ひーくんはボクが望めば本当に甘やかしてくれるのだろうけれども――
それでも、やっぱり面と向かって甘えるのは恥ずかしいので――
「まあ……考えといてあげるよ……」
――ボクは控えめに、ひーくんの持つお酒に乾杯を返した。
「んっ――」
口の中に広がるフルーティな甘みと、砂糖的な甘み。
これだけならジュースと変わらないけれど、後味として残るアルコールのえぐみが、これはお酒なのだとボクの脳にわからせてくる。
「ふぅっ……」
やっぱりジュースの方が美味しい。
酔うと熱くなるし、思考が鈍るし、眠くなるし。
「ぷは~っ♪」
「……」
でも、美味しそうにお酒を飲んでいるひーくんを、ぼーっとし始めた頭で眺めているのは、悪くない心地だった。
顔が良いって、本当にずるい。
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