第7話 三種の神器

 到着した大宰府で、おれは自らの誤りを悟った。

 緒方おがた惟義これよしが菊池氏、阿蘇氏ら九州の豪族を語らい、大宰府に迫って来たのだ。


 軍勢はいきなり攻め込むことはせず、距離を置いている。やがてその陣営から白い旗を掲げた一団が現れた。

「あれは軍使だ。攻撃してはならん」

 すわいくさか、と色めき立つ侍大将たちを抑える。


 緒方惟義からの使者は、どこかへつらう様な表情でおれの顔を伺う。

「ここは、どうか三種の神器をお渡し願いたい」

 言い方こそ丁寧だが、強奪しに来た事に変わりはない。


「ほほう。緒方どのが欲しておられるのか」

 それは弱ったのう、とおれは、わざとらしく顎を撫でる。


「ご心配なく。これは、『あるべきものを在るべき処へ』お返しするため、我ら九州の豪族揃ってご協力差し上げようというのでござる」

 使者は下卑た薄笑いを浮かべている。この弱腰大臣め、九州の強兵を目の当たりにして動揺しておるわ、などと考えているのが丸分かりである。


(使者がこれなら、その主人の程度もおよそ見当がつく)

 おれは情けない気分になった。こんな連中を頼りにしようとしていたとは。

「まさに貧すれば鈍する、とはこの事か」

「は、何と?」

 怪訝そうな使者に、いえいえ何でも、とおれは手を振って誤魔化す。


「しかしこれは、わたしの一存では決めかねます。まずは陛下にお伺いを立て、その後ご返事をいたしましょう。そう緒方どのにお伝えください」

 おれは深く恐れ入った表情を取り繕って答えた。


「なるほど、それは御尤も。では一旦立ち返り……」

「ふざけるな宗盛。三種の神器は天皇家正統の証ではないか。それを、こんな奴らに渡せるものか!」

 使者の言葉を遮り、しゃしゃり出て来たのは叔父の時忠だった。

「叔父上……」

 おれは小さく舌打ちした。やはり同席させるのではなかった。


「貴様らのような下郎が神器を目にすれば、たちまち目がつぶれるわ。とっととねい、このれ者が!」

 おいおい、あなただって元は中流貴族ではないか。そう喉元まで出て来る。


 だがそんな事はどうでもいい。ここは少しでも時間を稼がねばならない場面なのだ。なるたけ使者を刺激しないよう、あえて下手に出ていたというのに。

 この男にはそんな分別もないらしい。


 激怒して去っていく使者を見送り、おれは天を仰ぐ。

「……ため息をつきたいところだが」

 もう起こってしまった事だ。悔やんでも取り返しはつかない。

 おれは一同を見回した。

「では逃げるとしましょう。いうまでもないが、速やかに、です」


 おれたちは武士を後方に立てて追撃を阻みつつ、湊を目指してひたすらに駆けた。


 ☆


「後白河め」

 おれは御所に棲む化け物の、脂ぎった顔を忌々しく思い出した。

 緒方ごときが三種の神器を欲しがる筈もない。これはあの男の差し金に違いないかった。


 あの大天狗。どうしても自らの手に、天皇家継承の証である『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ』『八咫鏡やたのかがみ』『八尺瓊勾玉やさかにのまがたま』を取り戻したいらしい。


 一門揃って海上に逃れることは出来たが、激しい追撃に遭い、多くの兵を失ってしまった。おれは死んでいった者達に手を合わせた。


 おれたちは、屋島へ戻るしかなかった。



「その場で斬り殺すべきでしたね」

 ぼそっ、と知盛が言った。

 屋島で知盛、教経らと合流し、事の顛末を説明していた時だ。


「お前、最近ちょっと怖いぞ。斬り殺すって、あれでも叔父なのだぞ」

 暗い目の知盛は、おれを見返して、突然、ふっと笑った。

「いや。そっちでも良かったのですが……もちろん使者の方ですよ」


「なんだ使者の事か。驚かすなよ、知盛」

 でも、時忠そっちでも良かったと言ったような気がしたが。


 確かに時間稼ぎの為なら、使者を大宰府内に留めておけば良かったのだ。知盛の言うように殺さないまでも、監禁するとか。


「しまった。なんておれは馬鹿なんだ」

「いえ。何でもすぐに、殺すという方向に行かないのが、兄上の良い所です」

 慰めるように言う知盛。


 優しさと果断さを併せ持つ弟に比べ、このおれは。

「知盛……、おれは」


 おれは武士として、何か大事なものを失ってしまったのだろうか。


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