第4話 滅亡の始まり
源三位頼政と以仁王の乱はあっけなく終結した。
そもそも畿内の源氏は数が少ない。そして彼らも半ば貴族だと云っていい。平家を凌駕する戦力など望みようがないのである。
宗盛は知盛が収集した情報をもとに、南都へ逃亡する以仁王を討ち取り、叛乱を速やかに鎮圧することに成功した。
「あざやかな指揮振り。見事であったぞ」
父清盛に褒められたのは、いつ以来だろう。しかし上機嫌の清盛を見た宗盛は、急に不安を覚えた。
抹香の煙の様なものが清盛の身体を取り巻いている。
それは清子が亡くなる前にも、彼女の周辺に漂っていたものだった。
「あれは死相というものじゃないのか」
ぶるっ、と宗盛は身体を震わせた。
こんな時に清盛を失えば、平家はどうなるのだ。
平家の世が瓦解していく最初の音を聞いたのは宗盛だったかもしれない。
☆
「え、敗けた?」
おれは耳を疑った。
源頼政と以仁王の乱を鎮圧したおれたちに対抗意識を燃やしたのだろう。維盛は大軍を率い、意気揚々と東国へ向かって行った。
今は富士川を挟んで源頼朝の軍と対峙している、という報告があったのは、つい先日の事だ。
「それにしても早すぎるだろう」
「一戦して打ち破られた……と云うより、戦いもせず敗走したらしい」
苛立ちを隠しもせず重衡が吐き捨てた。
「明け方に水鳥が飛び立つ音に怯えて逃げ出した、という噂もある」
「そんなばかな」
それこそ信じられない。
「維盛は、十倍もの敵の奇襲を受けた、と言っているらしいですが……」
いつになく冷ややかな表情の知盛。
「飢饉が起きているのは東国も同じ。どこにそんな兵が居るものですか」
幸いに、副将として参陣していた薩摩守忠度(清盛の末弟)が奮戦し、頼朝は一時的に軍を退いたという。
「どうする。再度、東国へ出兵するか。それとも兵を転じ、木曾義仲を迎え撃つか」
「木曾へ。東国はしばらく静観するしかありません」
知盛が頷いた。
「ぜひ、もう一度だけ機会を下さいますよう。私に木曾攻めの総大将を」
平伏する維盛を前に、父清盛は苦り切った顔だ。時折苦悶の表情を浮かべるのは怒りか、それとも体内の苦痛に耐えているのだろうか。
「好きにするがいい」
力なく言うと立ち上がり、すぐによろめいた。
「父上」
その身体を支えたおれは、手のひらから伝わる異様なまでの熱さに気付いた。
「またお熱が上がっているのでは……」
「黙っておれ」
宗盛、とおれの顔を見る。
「儂の葬儀は不要だ。必ず敵を討ち果たせ」
側近に支えられ父清盛は退出していった。
☆
それから間もなく、平清盛は熱病のためこの世を去った。
「父上の遺言のようになってしまったな」
おれは知盛を呼んで源氏対策を諮る。木曾義仲へは知盛と重衡を差し向けるつもりだったが、これは難しい。
「維盛も譲る気はなさそうです。どうしても自分達だけで勝ちたいらしい」
重衡を
「棟梁の権限で何とかならないものですか」
「平家の内部分裂に繋がりかねないから。あまりごり押しはできないよ」
それが出来れば苦労はない。今でも派閥の対立は結構激しいのだ。
知盛もその状況は分かっている。だからそれ以上無理は言わない。
「では我らは東国に備えることにします」
おれは出陣が決まった維盛を前に、せめてもの訓示を行う。
「よく聞け維盛。木曾のやつらは山岳戦に長けておろう、山中深くにおびき寄せられては我が軍は不利となる。きっと、
「分かっております、叔父上」
維盛は肩をいからせて下がっていった。
「分かっていないようですね。却って逆効果だったかもしれません」
つよい焦りを含んだ口調で知盛は言う。
「なぜだ。おれにしては珍しく、まともな事を言ったつもりだぞ」
「だからです。兄上は平家一の臆病者だと思われていますから、そのような者の意見など、とるに足らぬ、と思ったかもしれません」
平家一の臆病者と思われているのか、おれ。
「それは少し心外だな」
いろいろな意味で。
☆
知盛から、
だがそれも長く続かなかった。
「え、敗けた。また?」
急使が告げたのは、維盛が
「山中で木曾軍の奇襲を受けて、わが軍は壊滅……」
あれだけ、山に入るなと言ったのに。
『泣いて馬謖を斬る』、そんな言葉が頭をよぎる。
「いや。それももう手遅れか」
このまま逃げ出そうか、おれは思った。
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