第151話

 ゴポリ。

 白い部屋の真ん中に、赤い水がき出てきた。赤い湧き水が、赤い血溜ちだまりを作る。その血溜りの中からゆっくりと、人の頭が現れる……。

 黒い髪、キリリとした黒いまゆ、くっきりとしたアイラインに金色の目。ヘビのような目が、ニタリと笑う。コポコポと血溜りの中から声がした。

「この私を殺せるとでも思ったか? 殺せるのは一度だけ。二度は殺せぬ。一度死んだ女神を、どう殺す? 殺すなど不可能だ。私は何度でもよみがえる」

 ばちゃり。

 白い床に血がねる。

 ぬちゃり。

 血溜りの中から、長い髪の女がゆっくりとい出てくる。

「……死んだ女神は、肉も骨も残らない。培養ばいようもクローンもできない」

 青い結界の中で、由香里がつぶやく。

「……黒いナイフというのは多分たぶん、髪の毛をたばねて血でかためた物。死んだ女神の髪の毛を拾い、血にれた服をしぼって血を集めたんだと思う」

「なるほどな。それがヘザーの本体か。あの血溜りの中に、それがあるのか?」

 血溜りの中から這い上がってきたヘザーが、ゆっくりと立ち上がる。

 由香里はそれを見ながら首を振る。

「あそこには、部屋の真ん中には、ない。女神はみんな、部屋のすみでうずくまっていたはずだから。部屋の角で呪う」

 血溜りが消え、ヘザーの金色に光り輝くドレスのすそが、白い床に波打なみうち広がる。

 由香里は自分の右腕を指さした。

「……アイリス、私の女神の血に濡れたこの布を、ヘザーは欲しいと思うんだけど」

「んー、そうね」

 アイリスがれると、布は由香里の腕からするりとほどけて、白い床の中へ吸い込まれるように消えた。

 チャシュとアズキが青い結界を飛び出して、ヘザーに向かって布バンドを振り下ろす。ヘザーのドレスの裾から飛び出したタコ足が、にゅるんとバンドをすべりよけ、うねりしゅるりと二人の男を追いかける。ヘザーのギラつく金の目が、熱くアズキを追いかける。

 ザクッ。

 不意ふいにヘザーの白いタコ足が、ドロリとけて、べちゃりと黒い水になり消えた。ギギギとヘザーがさびついたドアのように振り向いた。

 青い結界の中には、由香里しかいなかった。

 アイリスは部屋の角にいた。アイリスの青いつえが、青灰色の布が巻きついた黒いナイフをつらぬいて、白い床にさっていた。



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