第146話

「ほう。この私を前に余所見よそみとは、余裕よゆうだな」

 ヘザーがねっとり笑う。その口の中は、真っ赤な暗い穴のようだった。

 白い部屋で血の女神と魔女がにらみ合う。金のドレスと青いドレスが対峙たいじする。

 ヘザーのドレスの裾が波打なみうちうねりうねうねと、金色のすそから真っ白なタコ足がうにょうにょと伸びてくる。アイリスにねらいをさだめシュルシュルと螺旋らせんえがいて飛びかかり、青い結界にはばまれる。

「アイリス、お前は知らぬのか? ツガイモ以外の者が、宮殿に入ってどうなったのか? 禁忌きんきおかしたものが、どのような最期さいごげたのか? それはそれはむごたらしい、無残むざんな死に方をしたのだよ」

 ヘザーが嗜虐性しぎゃくせいたっぷりに笑う。ヘザーの真っ白なタコ足が、ビタン! バチン! と結界を殴打おうだする。連打れんだする。結界の青い円が少しずつ、ヘザーに押されて小さくなってゆく……。アイリスの背筋を冷たい汗が伝った。

「宮殿の中で女神を殺すのは難しい。なぜならこの宮殿自体が、女神を守る結界だからだ。この中では、思うように力を使えず、動きもにぶくなる。あのアルキスでさえ、宮殿の中では苦戦し……」

 ヘザーの言葉が尻切しりぎれた。

 アイリスの後ろ、さっき由香里が手をついてした白い床、そこに小さなとびらが現れた。と思った瞬間、その扉から何かが飛び出し、ふわりとアイリスの肩に乗った。

「お待たせ、アイリス。やあ、ヘザー。久しぶりだね。その姿で、男を誘惑ゆうわくするのかい?」

 アイリスの肩の上、青灰色のドレスを着た猫が、ニコッと笑った。

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