第145話

「こっちへ来い、アイリス。私がお前を絶望からすくってやる。私がお前をチャシュと二人だけの世界へ」

「砂になるわけねーだろ! あいつは愛する女をひとりにするような男じゃねーんだよ!」

 アズキの怒鳴り声。

「石化はける。チャシュは戻ってくるよ」

 由香里の声がはっきり聞こえた。アイリスが目を開けると、目の前に由香里の顔があった。

「アイリス。チャシュは、アイリスに会いに戻ってくる」

戯言たわごとをぬかすな。たやすく気休めをほざくな、由香里」

 ヘザーのうなり声。

「戯言じゃない。確信かくしんをもって言ってる。モルモフの今の女神は私。その私が、モルモフで生きる覚悟かくごを決めた。その覚悟が光となって、モルモフは眠りから覚める。最初に目覚めるのがチャシュ」

 由香里が石の床に手を置いた。アイリスは目を見開いて由香里の顔を見ていたが、ふっと笑うと、杖を手に取り立ち上がった。その目に光が戻っている。

「アイリス、てめーは毎晩まいばんチャシュと二人きりの世界に入りびたってんだろ」

 アズキがニヤリと笑う。

 アイリスはフンと笑うと、白い床の上をうねる白いタコ足を見て顔をしかめた。

「気色悪くてグロテスクな姿ね、ヘザー。んー、でもそれ、本体じゃないわよね。杖でした時、ドレスの中には何もなかったわ」

 ヘザーは赤いくちびる両端りょうはしを上げた。その金色の目は、アイリスとアズキの後ろ、由香里を見ていた。

 ハッ、とアズキが振り向くと、タコ足に巻きつかれた由香里が、壁の中へ引きずり込まれていた。

「由香里!」

 手を伸ばしたアズキも壁の中へ消えた。

「あっ……」

 アイリスに名前を呼ぶあたえずに、あっと言う間に二人が消えた。


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