第8章 モルモフの女神

第142話

 外には灰色の濃霧のうむが重く立ち込めていた。石の地面はザラリと硬い。

「由香里、苦しくないか?」

「うん。何ともない」

 極彩色ごくさいしきの服を着たアズキと青い服に金髪のアイリスが、色鮮いろあざやかにさっそうと灰色の中を突き進む。その後ろを、薄緑色のTシャツ一枚で裸足はだしの由香里が、ぼんやりとした影のようについてゆく。

 やがて先頭せんとうのアイリスが足を止めた。白い建物を見上げる。

「女神の宮殿よ」

「え、これが、そうなんだ」

 由香里は宮殿を見上げた。灰色の世界に白くかがやくそれは、巨大な四角い石にしか見えなかった。

「ここからは、由香里が先頭よ」

 アイリスがわきによける。由香里が宮殿の前に立つと、ドアが現れ、手を触れる前に音もなく開いた。女神由香里をウエルカム。まねいたのは宮殿か、それともヘザーか、両方か。

 由香里は、ふぅー、と息を吐き心を整え、おじゃまします、と中へ入った。その後にアズキ、アイリスと続く。アイリスは口の中でしゅとないんむすぶと、女神とツガイモしか入れない結界けっかいを、ずにゅりとけて、宮殿の中へ足をみ入れた。

 アイリスの後ろでドアがバタンと閉じて消えた。もう後戻りはできない。宮殿の中に閉じ込められた。……チャシュがいない。アイリスにはそれがとても心細かった。

 宮殿の中はうすら寒い。いつ来ても薄気味悪い所だぜ。アズキは白い廊下ろうかを見回した。細長い廊下の両側りょうがわに、白いドアが並んでいる。そのドアの隙間すきまからチロチロと目に見えぬ何かが、おいでおいでと手招てまねきしている。情欲じょうよくおぼれた記憶がよぎる。白い床を血にめた赤い記憶がよみがえる。

 由香里はドアに見向きもせずに、んやりかたい石床を裸足でヒタヒタ進んでゆく。迷路めいろのようにジグザクに曲がりくねった廊下を、迷宮めいきゅうを、ぐ突き抜け最短距離でたどり着く。ここは女神の宮殿。その中心は、女神にしかわからない。由香里は廊下の途中でピタリと足を止めた。左側の壁を向く。

「ここ」

 由香里はアズキとアイリスを振り向いた。二人がうなずく。

 由香里は壁に現れたドアを開いた。

 白い部屋の中央に、ヘザーが立っていた。


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