第137話

「由香里」

 やわらかな声がして、やわらかな毛が、ふわりと肩に乗ってきた。チャシュがふわりと肩の上、そこからするりと腕の中に下りてきた。もふもふのチャシュをなでるとゴロゴロ鳴った。

 由香里はシマを思い出す。シマは抱っこが嫌いな猫だった。なでられるのは大好きで、あっちをなでろ、こっちをなでろ、そこじゃない、ちがう、そこそこ、もういい、きた、と注文の多い猫だった。

「由香里。アルキスは、物心ものごころついた時からひとりだったんだよ。森の中で、肉食獣から逃げながら草をんでいた。自分が半人だと気づいてからは、人の姿で生きてきた」

 チャシュが低くささやいた。

「誰も信じない。誰にも心を許さない。だけど、非情ひじょうにはなれなかった。抱いた女性をその手で殺すのは、仕事とはいえ、彼にはつらかった。そんなアルキスが、アズキという名のウサギになって戻ってきた時は驚いたよ」

 チャシュが、フフッと笑った。

「あんな幸せそうに、心から君に甘える彼の姿が見られるなんて、僕はうれしいよ。君は彼の心を救ったんだよ。由香里、彼をよろしく」

 チャシュは由香里に頭をこすりつけた。

「やい! チャシュ、てめー、由香里から離れろ!」

 オレンジ色のウサギが飛び込んできた。猫はするりと由香里の肩の上に移動して、ウサギかすっぽり腕の中におさまった。ウサギはスリスリ由香里にアゴをこすりつけ、ペロペロめまわして自分のにおいをつけまくった。由香里は俺のものだ!

 独占欲丸出まるだしのウサギを、猫がニヤニヤ見下みおろした。

「恋するウサギは甘えん坊だね」

「何だと? てめー!」

 ウサギが猫にみつき、かわされた。

「甘えん坊は嫉妬しっと深くて怒りん坊だね」

「るっせー! 黙れ! チャシュ、てめー!」

 猫とウサギが砂煙すなけむりを立てて本棚の向こうへけていった。

アイリスが肩をすくめる。

「ほんと、男ってどうしようもないわね。ふざけてさわいで、いつまでたってもガキなんだから。私たちは女同士でおしゃべりしましょ」

 アイリスは由香里の腕を取って部屋に戻ると、女二人で仲良く風呂に入って、恋バナに花を咲かせた。アイリスとチャシュのめ話でウフフキャッキャッと盛り上がった。

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