第136話

 本のやかた

 以前は木製もくせいだったはずの、今は石になった机の上に、本がらばりみ上げられている。それらの本もほとんどが石になっている。広い机の所々ところどころに積もった砂は、石の本のれのはて

 そんなことは気にもせず、机の上にゆったり優雅ゆうがに猫が寝そべる。銀地ぎんじに黒の縞模様しまもよう。その毛色が、灰色の石と黒い本に溶け込んで、見事みごとに一体化している。

「んー、それでは、作戦会議を始めるわよ!」

 気合きあい十分アイリスが腕まくりをした。ひとみと同じ青色のワンピースに波打なみうつ金髪。ひっそりと静まり返った館の中で、アイリスは生命力に満ちている。

 積み重なった本の上からウサギが、ピョン、と飛び下りた。オレンジ色の元気な毛玉。よくはずむ。

「ヘザーは由香里の体を乗っ取って、モルモフを支配するつもりなんじゃないかしら? 血の女神ヘザーをたおすために、私とチャシュとアズキと由香里の四人で宮殿に乗り込むわよ。んー、危険だけど、由香里がいないと宮殿に入れないのよ」

「えっ、でも、アイリスとチャシュは入れないんじゃ?」

 由香里はチュシュの姿を探した……。さっきまでそこにいたのに……?

「ん、見つけたのよ。ツガイモ以外の者が宮殿の中に入る方法をね」

 アイリスが黒い手帳を机の上に置いた。

 由香里はチャシュを見つけた。積み上げられた石の本と本の隙間すきまに、もふもふの猫がみっちりとまっていた。

「ビーは、これで宮殿の中に入ったのね」

「……そうなんだ」

「で、どうやって戦うつもりだ? 何かさくがあるんだろ?」

 ウサギが鼻先で手帳を開く。

「ん、宮殿ごと本にするのよ」

 ウサギと由香里がポカンとアイリスを見た。意味がわからない。

「宮殿で血の女神を包んで本にするの。んー、本にして封じると言えばわかるかしら? 宮殿が紙で、女神が文字になるのよ」

 アイリスは黒い手帳をパタンと閉じた。

「おいおい、待て待て。アイリス、おまえ、何言ってんだ? そんな事……できるのかよ⁉ いいのかよ?」

 驚いたウサギが机の上をピョンピョンねる。オレンジ色のボールみたいだ。

「女神の宮殿だぞ。神聖な宮殿だぞ。その宮殿を、本にするのかよ⁉ それはいくら何でも、ぶっ飛びすぎだろ! マジかよ⁉ ダメだろ! ヤバいだろ!」

「マジよ。こんなこと、冗談じょうだんで言うわけないじゃない」

 アイリスがムッと口をとがらせた。

「おもしろそうじゃねーか! くわしく聞かせろよ」

 好戦的なウサギがニヤリと笑って身を乗り出した。

「んー、簡単に言うと、宮殿の中心に魔女のつえき立てるのよ」

「めちゃくちゃムズいじゃねーか!」

 ウサギが後ろ足で机を、ダン! と叩いた。

「たから作戦会議をしてるんじゃないの! 知恵をしぼりなさいよ!」

 魔女がギャーギャー、ウサギがピョンピョンダンダンと、ああだこうだと作戦をりだした。

 由香里は部屋のすみで、石の椅子いすに座って思案中しあんちゅう

 ツガイモ以外の者、暗殺者が女神を殺すために宮殿の中に入る。宮殿の中に逃げ込んだ女神は、袋のねずみ。白い床が血にまる……。死んだ女神を捨てて、新しい女神を拾う。そのり返し……。孤独こどくな女神の悲しい怒りが宮殿に充満じょうまん濃縮のうしゅくされて血の女神。……居場所がないなら、作ればいい。モルモフを支配して、この世界のいただきに自分が座る……。私の体を乗っ取って、この体で……。


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