第131話

「……風呂でも入るか」

 ひとりつぶやくと、由香里はTシャツを脱いで脱衣だついカゴにたたんで入れた。体だけでもさっぱりしよう。

 石鹼せっけんを泡立てる。呼吸を整え心を静める。この状況で吞気のんきに体を洗おうなんて自分でも、まともじゃないと思う。頭がおかしいか、神経が図太ずぶといかのどちらかだ、いや、両方か。ビーのメチャクチャな修業のおかげだな。

 泡を体にりながら、……呼びかけてみた。

「ツッチー、ミニビィ」

「はい」

「にゃっ」

 返事が聞こえ、ふわりと湯気のように大型犬と子豹が現れた⁉ 自分で呼んどいて、ちょっとびっくりする由香里。

「えっとー、……夢で見た女神の記憶、あれは本当なの?」

「なおん。ビーに関してはぁそうだお」

「はい。ナルシィに関しては事実です」

「……そっか」

 気持ちがズーンとしずんでゆく。

「……アズキの名前、女神殺しは?」

「はい。アズキという名を由香里がけたと聞いた時に、本名ほんみょうではないと気づきました。ナルシィは一目ひとめで女神殺しだとわかったようです。自分と同じニオイがする、と。同業者のかんですね。アルキスという本名は、アズキ本人から聞きました」

「ビーもぉ同じだお」

「……そっか。だよね。私に会う前は、アズキという名前じゃなかったはず、だなんて全く気付かなかった。考えもしなかった。私って……」

 由香里はぐしゃぐしゃと髪に泡を塗りたくった。

「気づかれないようにしていたのですよ。あなたを大切に思っているからです。アズキも秘密をかかえて重かったと思いますよ」

「そうだお」

 いつの間にか全身泡だらけになっていた。小さくなった石鹸が手の中からすべり落ち、床にこぼれた泡の中へ消えた。

「泡を流しましょうか。お湯をかけますよ」

 ツッチーは風呂おけを口にくわえると器用に風呂の湯をくんで、由香里の頭からかけた。

「あたちとぉツッチーはぁ由香りんのそばにいるお。由香りんがぁ狂ってもぉ壊れてもぉそばについているお。由香りんがぁ死ぬ時もぉそばにいてぇ一緒にいくお。ついていくお。由香りんをぉ置いていったりしないお」

「由香里、あなたはひとりではありませんよ」

「……ありがとう」

 由香里の声が涙でかすれる。何の涙なのかわからなかった。悔しいのか悲しいのか怒りなのか何なのか、よくわからない感情が涙となってあふれ出し、流れ落ちてゆく。

 風呂場の床にしゃがみ込み、口を押えて肩を震わす由香里の上から、ツッチーとミニビィは静かにお湯をかけ続けた。


 



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