第123話

 アズキはベッドの上で待っていた。ひとりで入る、と由香里にやんわりきっぱり拒否されたのだ。ちょっといじけた。ベッドの上で飛び跳ねて遊んでいたら、由香里がやっと風呂から出てきた。

「トランポリンみたいだね」

 由香里がほほ笑んでベッドに腰かけた。

「由香里、待ってたぜ!」

 由香里は飛びついてきたウサギを両手で受け止めた。オレンジ色のもふもふ毛玉。ベッドに仰向あおむけに寝転ねころがり、ウサギを高い高いして笑う。かわいい。由香里から風呂上がりの匂いが立ち上る。いい匂い。たまんねー。アズキは人の姿になると、仰向けに横たわる由香里の上におおいかぶさった。

「そんなに驚くなよ」

 由香里が目をまん丸にして抗議こうぎする。

「お、驚くってば。いきなり上から男の人が降ってきたんだから」

「降ってきたって……言い方、他にあるだろ」

 ちょっとツボに入ったぞ。ムードもへったくれもねーな。

「ないよ。アズキ、服はどしたの? なんでいきなりはだかなの?」

「脱いだに決まってんだろ」

「いつ脱いだ⁉」

「はじめから着てねーよ。服なんかいらねーだろ」

「いるってば」

「俺って、由香里にすっげー愛されてたりする?」

「するけど毎回いきなりすぎる」

 テンパる由香里は面白おもしろすぎる。いとしさがこみあげる。

 抱きしめてキスしようとしたら、スッと下から伸びてきた由香里の手が、俺ののどにかかっていた。由香里がわずかな力を加えるだけで、俺の首がまるという体勢たいせいだ。愛されると殺されるが、いつから同じ意味になったんだ?

「アズキ、腕をほどいて私の上からどけてもらってもいい? 起き上がっても?」

「お、おう」

 由香里の手が喉から離れる。由香里の上から体をどけて、ベッドの上に腰かけた。全くもってドキドキするぜ。

「由香里、今のは?」

「ビーに習った。男に襲われたり組みかれた時の護身術ごしんじゅつ。もし、裸の男たちに囲まれても、もう大丈夫だと思う。もぎ取って切り刻んで叩きつぶして戦うすべを身につけたから」

 アズキは震え上がった。暗殺者アサシンのビーに習ったのならそれは、護身じゃなくて殺人じゃね? まったくもってビビらせてくれるじゃーか。いつの間にか由香里に背後をとられていた。由香里の声が耳をくすぐる。

さわっていい?」

「は? どこを?」

 振り向こうとしたが、由香里の手でやさしく頭をはさまれて振り向けない。

「前向いてて。じっとしてて」

「お、おう」

 さっきから一体なんなんだ? ドキドキが止まんねー。

「ビーに言われた事を試してみたいの」

「何て言われたんだ?」

 息を吸うように誘惑し息を吐くように殺した伝説の暗殺者に、何を言われ何を教えられたんだ?

「うん。あのね、わからないからぁ怖いんだぉ。見るのがぁ怖くてずかしいならぁ目をつぶってぇ手で触って知ればいいんだぉ。触覚しょっかくをなめたらあかんぜぉ、って」

「そっちかよ。ならいいぜ。好きに触れよ」

 めてもいいぜ、と心の中でした。

「あ、うん。じゃあ、やってみるね。触るから、動かないでじっとしててね」


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