第121話

 木造もくぞうの部屋の中は昼下ひるさがり。窓のない部屋の中、どこからかし込む日ざしがあたたかく床や壁を明るくらす。

「ごちそうさまでした」

 スープを飲み干し一息ひといきついて、由香里とアズキはビーの本の話をした。チャシュは床にゆったり寝そべり、目を閉じて耳をかたむけた。アイリスは、腰まで伸びた由香里の黒髪をくしけずり、薄緑色のTシャツに合う髪型はどれかとい試している。

「んー、おかしいわね」

 アイリスが首をひねる。

「何がだよ? って、アイリスおまえ、俺と由香里の話を聞いてんのか?」

「ん、聞いてるわよ。エロの代名詞、歩く媚薬びやくのハニービーンの本の中に入ったのに、こんなに色気なしで出てくるなんて、おかしいわ。下手へたしたら、入る前より色気ないわよ。んー、てっきりお色気ムンムンの由香里になって戻ってくるかと思ってたのに」

 アイリスが不満げに口をとがらせる。アズキもそこは同意する。

「ムンムンって……。私に色気を求めないでよ。もともとないから。由香りんにはぁウサちゃんがいるからぁ色気も男も必要ないぉ、ってビーが言ってたし」

「ウサちゃん」

 チャシュがプッと吹き出して、アズキにジロリとにらまれた。

「んー、それはそうかもしれないれど、それにしてもだとしても、いくらなんでもこれはねぇ」

 いつの間にか、部屋の中は茜色あかねいろ。夕日をあびた由香里はきれいだ。

「んー、でもそうねぇ。考え方と見方を変えて、服と髪型と仕草しぐさを変えてメイクをすれば、んー、男装も美少年も美少女もイケるわね。んー、女らしくもできなくはないわね。ん、中性的な魅力でいくのもアリね」

 ふふふ、とアイリスが笑みをらす。

「えっとー、あの、アイリス。それは、色気じゃなくて変装だから」

「変装じゃなくてファッションよ。ファッションショー! んー、俄然がぜんメラメラ燃えてきたわ。ときめくわ。んー、こうなったら一刻いっこくも早くサッサと化け物を退治して石化をいて終わらせて、由香里とウサギと猫の服を作るわよー!」

 ウサギと猫と由香里が後退あとずさる。

「俺の服は作るな。断固拒否だんこきょひする」

「僕もイヤだよ」

「わたしもちょっと。遠慮えんりょしとくわ。今のこの、だぶだぶのロングTシャツ一枚で十分じゅうぶんだから。変装は本の中で十分したから」

 アイリスは、由香里をギュッとハグして目を輝かせた。

「遠慮しないで。絶対に作るから。楽しみにしててね! んー、布だけでもいいから石化解けないかしらねー。ん、それじゃあ由香里、また明日ね!」

 アイリスは猫をつかまえしっかりと腕に抱きかかえると、ルンルンでドアの向こうに消えた。頭の中は服のデザインでいっぱいらしい。

「布だけ消えて無くなったりしねーかな」

 ウサギがため息をついた。

「……しないだろうね」

 由香里は、よしよし、とウサギの頭をなでなでしてなぐさめた。



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