第114話

「由香りんはぁいい音を持ってるおん。あぁんなぁひどぉい音でぇ気持ち悪ぅい動きができるなんてぇすっごい才能なんだおん」

「……そうなんだ」

 これはめられているんだろうか? 由香里は首をかしげた。

「踊りや歌に必要なぁ体力や体の使い方はぁ暗殺術でぇ教えたからぁそこはクリアしているんだおん。これからぁ由香りんがぁクリアしちゃうのはぁ発声法とぉ楽器のあつかい方とぉステップとぉ色々たぁくさぁん沢山だくさんあるんだおん。由香りんがぁ退屈たいくつしないようにぃワクワクぅどっきんハラリンちょんなぁ訓練メニューを考えちゃうんだおん」

 豹がキラリと光る眼を細め、にんまりと舌なめずり。獲物えものをいたぶる豹の目でこっちを見ている。こわっ。由香里は、すーっと後退あとずさり、草むらでモグモグしているウサギに聞いた。

「ねえ、アズキ。モルモフの歌や踊りや楽器って、暗殺術が基礎きそになってるの? もしかして、武術や暗殺術より難易度高い? 究極奥義きゅうきょくおうぎみたいなものなの?」

「ちげーよ。由香里の世界と同じだよ。ビーが特殊とくしゅなだけだ。あいつは暗殺術の後に歌や踊りを覚えたから、由香里にも同じ順番で教えてるんじゃね?」

「……ビーも私と同じ訓練を?」

「してないだろ。あんな狂った訓練、ありえねーって。あれはビーのオリジナルメニューだろ」

「……だよね」

 由香里は天をあおいだ。そのついでに頭上の木の実を取って足もとに置いた。すぐにウサギがかぶりつく。うめーな、これ。

「なぁなぁ、由香里。出かける時に、木の実や果物をたくさん置いて行ってくれよ。俺、ウサギの姿だと木に登れないんだ。草も葉っぱも食べきたからさ。なぁ、いいだろ。大人しく小屋で留守番しているからさぁ」

 うるうる上目づかいでかわいくおねだり。あざとかわいいウサギのアズキ。由香里は、うーん、とほほんでウサギをなでなでした。

「いいよ。でも、葉っぱも食べてね。甘い実ばかりを食べぎないようにね」

「おう。愛してるぜ、由香里」

 ウサギは甘い実をむちゃむちゃ頬張ほおばりながら言った。

 由香里はちょっと苦笑い。もしこれでアズキがまん丸な肥満体ひまんたいになったら、ビーにダイエットメニューを組んでもらおうかな。とか考える私もちょっとSかも。ビーなら、ワニの川にウサギを放り込むなんて生易なまやさしいことはしないだろうな。怖っ。

「由香りんの中にぃ流れているぅ生まれ持ったぁリズムと音がぁあるんだぉ。誰にでもぉ遠く遠く祖先から受けがれたぁ体にきざまれたぁ血の中に脈々みゃくみゃくと流れているぅ音楽がぁあるんだぉ」

「……そうなんだ」

 首を傾げる由香里。私の中にリズムと音? そんなの感じたことないけどなぁ。祖先から? 日本の伝統音楽……雅楽ががくとか? ほとんど聞いたことないんですけど……。

「あたしとぉ由香りんにはぁ全く違う音楽がぁ流れているんだぉ。だからぁ面白おもしろいんだぉ。全然違う全く異なるリズムと音がぁ出会いぶつかりからまり重なり溶け合ってぇ全く新しいメロディーリズムハーモニィーがぁ歌が踊りが音楽がぁうまれるんだぉ」

 豹がうっとり目を閉じてのどをゴロゴロ鳴らした。

「……うまれる前に、私がビーの訓練についていけるかどうかが問題だけど」

 ため息をつく由香里にビーが言った。

「心配ないぉ。由香りんはぁ見た目はかわいくてぇはかなげでぇ引っ込み思案じあんだけどぉ中身はクレイジーだからぁどぉんなメニューでもぉばっちりぴったりついてこれちゃうんだおん」

「……そうなんだ。クレイジーなビーが、クレイジーって言うってことは、私はごくごく普通の人ってことでしょう」

 ウサギの口から木の実が落ちた。由香里、それは違うと思うぞ。

「ビーについていけるかなぁ」

 つぶやく由香里にウサギが言った。

「由香里ならついていける気がするぞ」


 



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