第111話

 真夜中、アズキはそっと由香里の腕の中から抜け出した。由香里がぐっすり眠っているのを確認すると、小屋の中、誰もいないやみの中へ呼びかけた。

「おい、ビー。ちょっと顔かせ」

「おん」

 耳元でビーの声がしたかと思うと首根くびねっこをくわえられ、あっと言う間に木の上へ連れていかれた。

 木の枝に寝そべったひょうがわざとらしく欠伸あくびして、するどい肉食獣の牙を見せつけた。枝の上で豹と向き合うウサギ。アズキは枝先に追いめられた格好かっこうだ。

 人の姿なら、木の上でも豹が相手でもなんて事はないんだが……。ウサギの姿ではが悪い。アズキはビーをにらみつけた。

「見つめってぇ恋するぉん?」

 豹がペロリと舌なめずり。恋じゃなくてしょくする気じゃね?

「ちげーよ。話があるが、その前に、俺を人の姿に戻せ」

「今ぁ戻したらぁこの枝はぁ重みで折れちゃうぉ」

 豹が笑う。アズキは下を見た。地面まで……。ここから落ちたら、たとえ人の姿でもちょっとヤバいな。

「心配しなくてもぉ由香りんがぁ死にかかったら人に戻してあげるおん。それでぇ何の話かにゃん? 由香りんにはぁ秘密にしたぁい恋バナかにゃん?」

「恋バナじゃねーよ。石化だよ。情報が欲しい。ビー、おまえは女神やツガイモにくわしすぎる。研究の話なんか極秘ごくひだろ。おまえも研究にかかわっていたのか?」

「うんにゃあ。あたしはぁ研究者ではないぉ」

 豹が指のかわりに尻尾を振った。ノン、ノン、ノン。

「おまえの暗殺リストの中には女神もふくまれているのか?」

「おん」

 ビーが、正解、と尻尾を立てた。ピンポーン!

「中でもぉ外でもぉ何人もぉ息を吐くように殺したぉ」

「中でも?」

「宮殿の中だぉ」

「なっ⁉」

 驚いて、おもわず後ろ足で立ち上がるウサギ。枝が揺れ、あわててせてしがみつく。あぶねっ。落ちたら余裕よゆうで死ぬ高さだ。

「どういう事だ? ツガイモ以外は宮殿の中に入れないはずだ」

「普通ならねぇん。でもぉ非常時にはぁ宮殿に入ってぇツガイモもぉ女神もぉ」

 ビーひ人の姿に戻ると、のどを切る仕草しぐさをして、うすく笑った。美しい暗殺者のみだった。

「魔女もぉ猫もぉ宮殿がぁ許可きょかすればぁ中に入れるんだぉ」

「宮殿が? なぜそんな許可を」

 ビーが笑った。

「女神を殺すためだぉ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る