第108話

 満腹まったり焚火たきびかこみ、パチパチまきぜる音、虫や獣や鳥たちの鳴き声、気配、物音……、熱帯雨林の夜のに耳をすませる。

 ビーはクルリと体を丸めると、人からひょうの姿になった。

 ウサギが身構みがまえ、由香里が近づく。

「ビーは半人はんじんなんだね。豹なんだ。きれいだね。さわってもいい? なでてもいい?」

「おん。いいお」

 ビーは由香里のとなりに寝そべった。由香里はうれしそうに、そっと豹のなめらかな毛に触れて優しくなでた。豹は猫のようにゴロゴロとのどを鳴らした。

「おいおい、由香里。人のビーには警戒けいかいしたのに、豹には近づくのかよ。普通は逆だろ」

「でも、この豹はビーだよ」

 由香里はほほみ、かわいいウサギをなでなでした。

「由香りんはぁ猛獣もうじゅうよりもぉ人がこわいのかぉ?」

「どっちも怖いよ。猛獣は身の危険を感じるし、人は心の危険を感じるから」

「心の? 何でだ?」

「由香りんはぁ人が嫌いなのかぉ?」

「というより苦手かなぁ。人は面倒臭めんどうくさいから。人間関係は疲れるし、正解がわからない。私をふくめて人は、腹の中で何を考えているのかわからないから」

 由香里は目の前に広がる暗い川面かわもを見つめた。川は静かに流れている。

「……ナルシィの話もびっくりした。全然知らなかったし、気づきも思いもしなかった。……葬式そうしきの時もそうだったなぁ」

「葬式?」

「うん。祖父母の。私の知らない祖父じいちゃんと祖母ばあちゃんの話を色々いろいろと聞かされた……。人によって全然違うんだなって、人には色んなめんがあるんだなって……」

「そこがぁ面白おもしろくてぇあたしはぁ人が好きだぉ」

「……面倒な多面性ためんせいが面白いんだ。……そういう見方もあるんだね」

「そうだぉ。360度ぐるっと見回すとぉきれいだぉ」

 ビーがゴロゴロと由香里に頭をこすりつけた。由香里は美しい豹の頭をなでながら、空を見上げた。頭上には満点の星が広がっていた。

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