第107話

「今日のごはんはぁワニだぉん」

「え、えっとー、ワニって……」

 由香里は目の前の川を指さした。川の中にはワニがうようよいるけれど……。

「おん」

 ビーがあどけない天使の笑みでうなずいた。見た目と言動げんどうが合ってない。

「ワニをってぇさばいてぇ食べたことあるぉ?」

 由香里とアズキは首を振った。ない、ない、ない。

「ワニって食べれるの?」

「食えんじゃね? 由香里の国にもワニめしとかあるだろ。テレビでみたぞ。めっちゃうまそうだった。刺身さしみとかこごりとか」

 由香里が会社で仕事中、家でウサギはグルメ番組もみていたらしい。

「そのワニ料理、わにじゃなくてふかだよ。因幡の白兎のワニもね。日本に鰐は生息してないから。鰐鮫わにざめは鰐じゃなくてさめだから」

孵化ふか?」

「うん。ふかひれスープのフカ。鮫のこと」

「サメ⁉ サメって、あの映画に出てくるやつだろ! テレビでみたぞ。マジかよ? 人喰ひとくい鮫を食うのかよ⁉ すげーな。しかも呼び方、多すぎね? ワニ、フカ、サメにワニザメって何だ? ムズいって」

 このウサギ、私が会社で仕事中、どんだけ何をみてたんだ?

「映画のとは違う種類の鮫だよ。ホオジロザメは日本に生息してないし」

「ワニザメってのは、ワニとサメのミックスぎょか?」

「いやいやいや、ミックス犬じゃないんだから。ワニとサメはミックス無理だと思うけど」

 そんな会話をしている由香里とウサギの目の前で、ビーがわにを捕って捌いて料理中。華奢きゃしゃ小柄こがら童顔どうがんの、見た目か弱い少女のビーが、ワニの脳天のうてんこぶしたたき込み、白い腹を出して水面に浮いたワニの尻尾をつかんで一本背負いで岸にあげ、小刀一本でスーッと捌いた肉を串刺しにして焼いている。

 ビーは余った肉や骨、はらわたや頭を川に投げ捨てた。ワニがむらがりむさぼり食う……。

 それは、ワニにとっては仲間の死体ではないのだろうか。共食いではないのだろうか。……ないのかも。死んだらそれはただの肉。生きていたら動く肉。そんなものなのかもしれない。

「うめえな、これ」

 アズキがワニ肉に舌鼓したづつみを打った。かわいいウサギが前歯で肉を引き千切ちぎりクチャクチャうまうま食っている……。肉を食べる時だけは、人の姿になってほしいと思う由香里であった。

 ビーからワニ肉の串刺しを受け取ると、由香里は恐る恐る口にした。……あっさりしてて美味しかった。見た目にまどわされてはならぬ、とナルシィが言っていたのを思い出す。先入観せんにゅうかんにとらわれぬよう気をつけるのだ、と。



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