第106話

 糸に火がつくのと、由香里がダッシュしたのがほぼ一緒。一瞬だけ、岸に着くのが早かった。糸の上を走る火よりも由香里の逃げ足が、コンマ数秒速かった。

 地面に手をつきひざをつき、肩で息をする由香里。その目の前に、ちょこんと座ってビーが言った。

「ナルシィはぁ色気抜きでぇ由香りんに向き合い酒抜きでぇ武術と向き合い己と向き合い腹落はらおちしてぇやっとハッチのところへいったんだおん」

「……ハッチ? ……ね上げとびら? ……って、何でビーが目の前に? 後ろの岸にいたはずじゃ?」 

「瞬間移動だぉ。この本の中ではぁあたしは何でもできるぉ。ハッチはぁナルキッスの親友でぇ兄弟でぇ忠犬ちゅうけんでぇ恋人だぉ」

「……忠犬ハチこう?」

「じゃなくて由香里、ハッチはツッチーのモデルだよ」

 背中のリュックからウサギがピョンと出てきた。

「えっ⁉ そうなの? ……そ、そうなんだ」

「じゃあねぇ次はねぇ目隠めかくししてぇそれができたらぁ片足ケンケンでぇ逆立ちでぇ側転そくてんししてぇバク転してぇ糸を渡っちゃおん。そしてぇワニの背中をピョンピョン渡っちゃおん」

「おいおい、マジで言ってんのか? 目隠しして転がって糸の上って、ビー、おまえ馬鹿ばかじゃねぇの? しかもワニの背中って。あのなぁ、因幡いなば白兎しろうさぎじゃねぇんだぞ」

「ウサアズキはぁ白ウサギになりたいぉ? 漂白剤ひょうはくざいけちゃうおん」

 ビーがキャッキャッと笑う。

ひょうっ……、死んじゃうだろ!」

 ビーは逃げるウサギをつかまえて、リュックの中に押し込んだ。

「ではぁさっそくぅ渡ってみるんだおん」

 サラサラのプラチナブロンドにヘーゼルの瞳、かわいらしい天使のほほえみ。豹柄ひょうがらビキニにローブを羽織はおった暗殺者あんさつしゃ

「はあぁ」

 もうわけわからん。由香里はあきらめの息を吐き、ドクロ模様もようの目隠しを受け取った。

 ……ナマコムシの糸は可燃性だろうか?



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