第88話

 わしは自分の経験やわざを、わしの武術を、後世こうせいに伝えたかっただけなのだ。

 才能のある、熱意ねついあふれる、やる気みなぎる弟子たちに、教えるわしも熱が入った。熱血指導ねっけつしどうきびしすぎて、脱落だつらくする者も多かった。せまもんをくぐり抜け、わしの弟子になった猛者もさたちは目がギラついていた。それが闘志とうしではなく殺気だと気づいた時には手遅ておくれだった。殺気が狂気に変わっていた。

 弟子たちは殺しに手を血染ちぞめのころもを身にまとい、次々と闇の中へ走り去って行った。血にえた狂鬼きょうきとなった弟子たちを。最後はわしがこの手で殺した。

 どこで道をあやまったのか。とどまれなかったのか。なぜ気づかなかったのか。わしの弟子たちは、体をきた鍛錬たんれんを積み重ねわざきわめるほどに、心がこわれていった。何故なぜだ。わしの何が間違まちがえていたのか。武術とは何なのか。考えて悩んで自問して、わしには何もわからなくなった。答えも問いもわからなくなった。

 わしの弟子は皆狂う。

 それを否定したかった。違うと証明するために、自害してなお死にきれず、本となって弟子を育てた。だか、その弟子たちも皆狂い、わしの本に取り込んだ。

 わしがこの本に由香里を入れたのは、魔女の要望ようぼうこたえて女神を一時的に保護するためだった。モルモフに骨をうずめる覚悟かくごをした女神に力を貸そうと思ったのだ。保護するついでに武術の伊呂波いろはぐらいなら教えてもいいかもしれぬぐらいに思っていたのだが。うむ。それがまさか。

 これほど苦戦するとは思わなかった。これほど教える事がむずかしいとは、これほど教える事が楽しいとは、これほど学ぶことが多いとは。驚きの連続であった。

 由香里は物覚ものおぼえが悪かった。手本を見せても真似まねできず、説明しても理解できなかった。わしの予想のなな後方こうほうでウロウロ迷って蛇行だこうしている。ことごとくわしの予想をはずしてくる。わしが当たり前に出来できわかると思っていた事が、由香里にとっては当たり前ではなかったのだ。

 普段、息をするように自然にやっている動作を、説明する、というのは難しい。体の感覚でやっている動作を無意識の動きを、ひとつひとつ分解ぶんかいして、なぜその角度なのが、重心じゅうしんがどこにあり、そこから重心移動をどのように行っているのか、力がどう伝わるのか等々などなど。ひとつひとつ分析ぶんせきし、細かく、これ以上ないぐらいに細かくくだいて理解して、それを由香里がわかるようにできるように教える。それは、わしが武術を学びなおすという事でもあった。

 由香里に教えることで、わしは武術について多くの事を学んだ。新しい発見や驚き喜びを味わった。

 あぁ、武術はすばらしい。




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