第87話


 フッ、とツッチーがみをもらした。

「どうした、ツッチー?」

「勝負ありました」

 大型犬ツッチーはウサギを口にくわえると、高台から軽やかに飛びおりた。

「なっ⁉ おいっ、ツッチー!」

 ツッチーは距離も重力も空間もいろいろ無視して飛びおりて、ふわりと地面に着地した。アズキが、ふぅ~、と息をもらした。

 突然、空からおりてきた犬とウサギに由香里がおどろく。

「ナルシィ、あなたの負けです」

 ナルシィはギロリとツッチーをにらみつけた。ツッチーはおごそかに言った。

「試験終了です。由香里、合格です。前に出てきて下さい」

 ナルシィの背後から由香里が、そう~っとしのび足で出てきた。

「由香里は最終試験に合格したって事でいいんだな」

 アズキがねんを押す。

「由香里と俺はこの本から出られるんだな」

 ナルシィはうなり、ツッチーはうなずいた。由香里は半信半疑はんしんはんぎだ。

 ナルシィは胸の前で腕を組み目を閉じて、何やらむずかしい顔して考え中。瞑想中めいそうちゅう迷走中めいそうちゅう

「由香里、あなたはなぜ攻撃しなかったのですか?」

 ツッチーが首をかしげて聞いた。それはアズキも聞きたかった疑問だ。

「相手を殺さない事と、攻撃しない事は別でしょう。ナルシィの首にを突きつければそこで勝負は決まったでしょうに」

 由香里は首をって答えた。

「それは無理。ナルシィの方が圧倒的あっとうてきに強いから。一度でも攻撃したら、殺し合いになる。殺気を受け取ってしまう。ナルシィに私を殺す気がなくても、私は戦いにのまれてナルシィを殺しにかかってしまう。だから、絶対に攻撃しない、と決めていどんだの」

「ナルシィは本気であなたを殺そうとしていましたよ」

 由香里は首を振った。

「してないよ。ナルシィがその気なら、私は最初の一撃いちげきぷたつになってたよ。それに、何て言うかこう、弟子にわしを殺させてやろう、みたいな感じがね。バカにされてるみたいでムカついた」

 由香里は、ふぅ~、と息を吐いて気を静め呼吸を整えた。

「ムカついて無攻撃むこうげきですか」

 ツッチーが目を丸くする。

「ふむ」

 ナルシィがニヤリと笑った。

「殺させてやろう、か。うむ。傲慢ごうまんだな。慢心まんしんはわしの方であったか。うむ」

 ナルシィがムハハと笑った。

 由香里とアズキは顔を見合みあわせ、ツッチーに目でうた。ナルシィは大丈夫? なんかヤバくね? ツッチーは、大丈夫です、と頷いた。

「うむ。わしは今まで多くの弟子に教えてきた」

 ナルシィは、むっふうぅ、と長い息を吐き、語り始めた。


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