第86話

「……気持ち悪い戦い方だな。由香里はいつもあんな戦い方をしてるのか?」

 アズキの問いにツッチーは首を振った。

「いいえ、初めてです。まさか、けんこぶしまじえぬとは、ナルシィがここまで苦戦くせんするとは、想像そうぞうもしませんでした」

 アズキとツッチーの視線の先では、由香里がナルシィに超至近距離でいどんでいた。

 ナルシィの最初の攻撃を、由香里は飛び退くのではなく、飛びむことでけた。大男ナルシィの大剣がその威力いりょく発揮はっきするのに必要な距離、今まで由香里はその間合まあいの外へ外へと逃げていた。それがいきなり間合の中へ内側へ飛び込んできたのだ。

 ナルシィは完全に不意ふいをつかれた。このままふところすべり込み短刀で攻撃してくるかと思いきや、由香里は何もしなかった。

「ふむ。剣術けんじゅつではなく体術たいじゅつでくるか。うむ」

 ナルシィは剣から拳に切りかえた。けれど由香里は仕掛しかけてこない。何の攻撃もしてこなかった。

 ナルシィの拳を蹴りをきをつかみをひねりを、ことごとくけてかわして受け流す。由香里は、するりうねりぐにゃりぬるり、ナルシィの攻撃をゆるりと流し払いすり抜けて、死角しかくへ死角へとまわり込む。

 息がかかるほどの距離でまとわりつかれ、はらえない、つかまえられない。影のようにり付いて、幽霊のように取りいて、離れない。ナルシィの息が乱れる。

「むぅん。由香里、なぜ攻撃してこぬのだ」

 ナルシィは声をあらげた。

「こんなことをしていても、わしには勝てぬぞ。いずれ体力がきて動けなくなる。それに対して、わしの体力は無尽むじんだ。その後はどうなるか、わかっているはずだぞ」

「私は、大切な者と自分を守るためのすべとして、武術を選んだ。ナルシィは大切な者だから、らない。ナルシィは、武術の先生。殺し合いの相手じゃない」

 るぎない由香里の声が返ってきた。

「ぐぬぅ」

 ナルシィが低くくうめいた。

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