第83話

 由香里は首をかしげた。

「えっ……とー。……ワシですか? 鳥の?」

 由香里は空を見上みあげた。

 天高てんたかんだ秋空あきぞらには、鳥も虫も飛んでいない。空にも木にも草むらにも、鳴き声も気配もしない。……静かすぎる。鳥も獣も虫すらも、残らずどこかへ避難済ひなんずみ? なんだか不穏ふおん

「むぅん。わしではない。わしを殺せ、と言っておるのだ。を殺す。それが最終試験だ」

「……えっ?」

 由香里は耳をうたがった。

「どんな手を使ってもかまわぬ。どれだけ武器を使ってもかまわぬ。死体は原形げんけいとどめていなくてもかまわぬ。時間も無制限むせいげんだ。うむ。わしを殺してみせよ」

「……はぁ?」

 由香里はナルシィの正気を疑った。

「むぅ。由香里、何をほうけておるのだ」

 そう言うやいなやナルシィは剣を抜いて切りかかってきた。由香里は木の影に身をかくす。

「むぅん」

 ナルシィが剣をると大木たいぼくがまるで大根だいこんのようにブツ切りになった。

「うわっ、うそでしょ⁉」

 飛び退く由香里。

「逃げるな由香里、わしを殺せ」

 ナルシィが鬼気きき殺気さっきせまりくる。大剣たいけんを振るい木々をスパスパ切りきざみながら追ってくる。どうやら本気ほんき正気しょうきらしい。目がマジだ。

こわっ!」

 これが逃げずにいられるか!

「師より強くなったことを証明しょうめいするために、弟子は師を殺すのだ。うむ」

「それは狂気きょうき沙汰さたですね。そんな師弟関係は狂ってる」

「むぅん、わしを殺せ」

「イヤです。狂気は御免ごめんです」

 逃げる由香里。追うナルシィ。


 


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