第80話

 樹海をけると、そこは草原だった、

 頭上には青空が広がっている……。久しぶりに空を見た。由香里は両手を広げて深呼吸をした。

 草原を見渡みわたして、大型犬の姿を見つけた由香里は、喜びけより抱きしめた。

「ツッチー!」

「由香里、ご無事ぶじなによりです」

 大型犬ツッチーは、行儀ぎょうぎよく四つ足をそろえて座り、ふさふさ尻尾しっぽり振りした。

「どうぞこちらへ」

 ツッチーの後をついて行くと、草原の真ん中でいかつい大男が仁王立におうだち。ナルシィがお待ちかねだった。

「ナルシィ!」

 笑顔でけよってきた由香里に、ナルシィは刃を突きつけた。

 首筋くびすじに冷たくかたい刃物はもの感触かんしょく……。

「えっ……? ナルシィ……何で?」

「ふむ。由香里、油断ゆだんしたな。一瞬の油断、気のゆるみが死をまねく。とくときもめいじよ。うむ。何時いつ如何いかなるなる時も気を緩めず、引き締めておくのだ。勝ってかぶとめよ」

 そう言うとナルシィは刀をさやにおさめた。その瞬間に抜刀ばっとうして切りかかってきた。由香里はかわし、ナルシィはニヤリとした。

「ふむ。少しは腕をあげたようだな。うむ。不死の鍛練たんれん、その成果をみせてもらおうか」

 ナルシィは刀をかまえた。

「えっ⁉ 今からですか? 休憩きゅうけいなしで、ですか?」

「うむ。今だ。戦いに休憩などあるか。当然とうぜん、わしの稽古けいこも待ったなしだ」

 ナルシィはしごく気満々まんまんだ。

「そ、そうなんですね。ないんですね。休憩、ないんだ」

 由香里は、はぁ~、とため息をついて刀を構えた。

 ナルシィの稽古は容赦ようしゃなく、由香里がぶっ倒れるまで続いた……。

「うぬぅ。力尽ちからつきたか、由香里。力の配分はいぶんを考えながら戦う事を覚えるのだな。うむ。自力じりきで小屋まで戻れ、と言いたいところだが、ふむ、今日のところは大目おおめに見てやろう。ツッチー、由香里を運んでおけ。うむ。明日からは、わしがじかに稽古をつけてやろう」

 ナルシィは鬼だ、と由香里は思った。

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