第79話

 由香里の意識が戻った時、あたりには誰もいなかった。

「アズキ?」

 名前を呼ばれた気がしたけれど、気のせいかな? ……アズキがここへ来たのだろうか? それとも不死の樹海では、たとえ発作を起こしてもぐに自己治癒じこちゆするのだろうか?

 体の内側がにぶく痛む。由香里はうめきを押し殺す。全身がだるくて重くて鈍痛どんつうで、筋肉も骨も内臓もドロドロにとけてどろになった感じがする。発作の後はいつもこうだ。

 虫一匹いない草むらで、草木以外の生き物が全くいない不死の樹海の草むらで、由香里は仰向あおむけにころがったまま体の回復かいふくを待った……。頭上に広がる木の枝が、びてぶつかりキィシシときしんで、青々あおあおとした葉が落ちてくる。ひらり、はらり、パラパラと、由香里の上にってくる。緑の葉が降りもる……。

「由香里、目的を忘れないでね」

 アイリスの言葉がよみがえる。黄泉よみからかえる。生き返る。あぁ、そうだ。忘れかけていた。ヤバかった。危うく忘れるところだった。

 過去にひたってたぷたぷと、すぶずぶかって寝そべって、シワシワふやけている場合じゃない。振り返り回想時間かいそうじかんはもう十分じゅうぶん。これ以上は必要ない。今を未来をモルモフで生きると決めたのだから。樹海で血迷ちまよい狂っている場合じゃない。今は前に進むとき

 由香里はゆっくりと体を起こした。まだ痛みはあるけれど、もう動ける。大丈夫。右手に持っている木の枝を見て首をかしげた。かたながあるになんで木の枝を持っているんだ? 大丈夫か、私。

 木の枝を捨て、体についた葉を払い落とした。あたりは静まり返っている……。迷彩柄の姿も声も気配もない。由香里は不死の樹海を静かに歩いた。

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